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◆シリーズ第3回「こころ豊かな老い」 | 長く人生を生きてきた人には、積み重ねてきた豊かな知識や経験があります。若者には真似のできない、その「持ち味」を何に生かしますか?社会貢献もよし、新しい恋もよし。こころ豊かな老いを見つけるシリーズです。
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超高齢社会を迎えた日本。老後の生き方、住まい方も然ることながら、「いかに死ぬ べきか」に人々の関心が集まっている。
この冬、「私の死亡記事(文芸春秋)」が出版された。各界の著名人102人が、自分の望む“死に方”で、自分の訃報記事を書いたものである。「急所を知っている熊に食われて、苦しまずに死にたい」という作家がいれば、「転落事故で一瞬にして死にたい」という人もいて、自分の死のイメージも百人百様。ただし、共通
するのが、実際の日本人の上位死亡原因であるガンや脳いっ血などの病気とは逆の、苦しまずに死ねると考えられる事故死を願う人が多いことである。著名人ならずとも、年を重ねるごとに「苦しまずに死にたい」とは、だれもが願うことだろう。だれもが人間らしい終盤を、人として恥ずかしくない最期を、迎えたいのである。
人が死について真剣に考え始めるのは、何歳ぐらいからなのだろう。 漠然とでも自分の「死」を考える時、「人の世話にならず、ぽっくり死にたい」「住み慣れた家で、家族に看取られて死にたい」と、多くの人が思うらしい。
だが、ほとんどの人が高齢になるにつれ、何らかの病気を発症し、病院や施設の世話になることが多いのが現実だ。そして、何かの縁で門をくぐった病院で、担当医となった医師に大切な生命を任せてしまうことになる。
そこで注意しなければならないのが、患者を人間として扱うことを忘れてしまった病院や医師が存在すること。1日でも長生きさせることだけに焦点をあわせた治療、つまりは、最後の最後まで過度の延命措置を続けられる場合があるのだ。
そんな過剰医療に対し、「ある程度の年齢になれば、無駄な延命措置は断ろう」という尊厳死の会が京都府城陽市にある。代表の夏地弥栄子さん(78歳)が、「人生の終盤を寂しい黄昏れと見るのではなく、最後まで生命を赤々と燃やして生き抜きたい」と願って『グループ夕映え』と命名し、1988年に発足させた会である。
無駄な延命措置をしないでください
「死を考えることは、生を考えること。たった1度の人生だから、残りの日々を納得できるように生きたい。枯れ葉が落ちて土に返っていくように、私たちも笑って楽しく生きて、自然体でこの世に別
れを告げたいと思っているわけですよ」
夏地さんは、城陽市の市議会議員を務めていた20数年前、 知人の紹介で「最後に楽に死なせてもらえたら」との軽い気持ちで※「日本尊厳死協会」に入会した。まだ、尊厳死と安楽死が混同されていた時期である。その当時から自宅で創作舞踏の会「民舞会」を主宰していた夏地さんは、集まる多くの仲間たちに尊厳死について語りかけていた。そのうち、周囲から「尊厳死協会の脳死問題なんて難しい話じゃなく、もっと分かりやすい言葉で教えて」という声が出始め、自然発生的に誕生したのがグループ夕映えである。
| | | グループ夕映えの「会員証」と、 いざという時、病院に提示する「事前依頼書」 |
入会と同時に、「現代の医学では不治の状態で、死期が迫っていると診断されたときは、無駄
な延命措置をしないでください。けれど苦痛だけはとり除いてください。最後の私の願いをどうぞ叶えて下さい」と記したピンクの会員証が渡される。これがリビング・ウイル、いざという時に医師に提示するカードである。
現在、 約3000人の会員は民舞会のメンバーを中心に、60歳から95歳までと幅広い。必要経費は入会金の2400円のみ。メンバーは日頃から民舞会の練習で夏地さん宅に集まっており、まさに「老いても笑って楽しく生きましょう」と、和気あいあいと賑やかに会は運営されている。
意識のない状態で、息だけさせられるなんてごめんやわ 会員は、年齢とともに死を深刻に考え始めた人、
家族の辛い死に関わった人、また、ざっくばらんな夏地さんの人間性に魅かれて入会する人がほとんどだ。 原田康子さん(仮名・75歳)は弟の死がきっかけだった。出勤途中にクモ膜下出血で倒れ、すぐに救急車で運ばれたが、すでに意識はなく、医師から手術をしても90%回復の見込みはないと宣告されたのだ。だが、植物状態となった体にも点滴用など何本ものチューブが取り付けられた。弟の妻と娘が「命ある限り、長生きさせてほしい」と願ったからである。ところが、治療の甲斐もなく夏場に床擦れを起こし、背中が化膿してきた。それを医師は痛み止めも使わず、メスで削り取ったのである。「意識のないはずの弟が体を歪め、体を動かした。その光景を今も忘れることができません」と原田さん。植物状態となって10カ月の命だったが、弟の妻は「尽くせるだけ尽くしたこの10カ月は無駄ではなかった」と話したそうだ。「それを自己満足ではないかと感じながらも、一所懸命尽くす義妹の姿を見ていて、そうとも言い切れないと複雑な心境でした。でも、自分の場合は尊厳死を選びたい・・・」と、語る原田さんだ。
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