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「福祉・医療」
ハンセン病


6 隔離政策による被害について教えてください

 

日本の隔離政策によってハンセン病患者やその家族はどのような被害を受けたのですか?

日本の隔離政策によってハンセン病患者やその家族はどのような被害を受けたのですか?

 

被害を受けた人は、ハンセン病療養所入所者、非入所者、退所者、その家族・遺家族があげられます。

入所者
療養所に入所させられたら、「死体解剖承諾書」に署名させられ、無理やり園名(偽名)をつけられることもありました。また、医師や看護師をはじめ、職員が不足していたので、療養所運営のためにあらゆる作業を強いられました。土木、治療の手伝い、配食、療友の火葬、症状の軽い患者が重症の患者を24時間態勢で世話するなど、「患者作業」を課せられました。

また、「らい予防法」の「懲戒検束規定」によって、療養所所長に入所者へ懲罰を与えることが認められており、逃走を試みたり、職員に逆らったとされると、園にある監禁室に入れられることもありました。他にも断種、堕胎が行われていました。入所者同士の結婚を認める条件として、男性には強制的な優生手術を、妊娠した女性には人工妊娠中絶手術がおこなわれました。生きて生まれた子どもの命をすぐ目の前で絶たれた人もいます。さらに胎児標本として2008年頃まで園に保存されていました。

2013年5月、熊本医科大学(現・熊本大学医学部)が昭和初期に九州療養所(現・国立療養所菊池恵楓園)の入所者の遺体解剖(43体)をして、そのうち20体の骨格標本を作製していた記録資料が見つかったとの報道がありました。入所者も知らなかったことで、「解剖された遺体が療養所にもどっていない、病んだ者の命にも基本的人権を有している、命に対する冒涜だ」と、入所者から真相の究明が求められています。

入所者のなかには、家族に迷惑をかけないようにと縁をきってひっそりと暮らしている人もいます。

退所者
「らい予防法」下で、退所は認められていませんでしたが、1960年頃以降に軽快退所というかたちで、退所した人たちがいます。しかし、社会内の偏見・差別を恐れ病歴を隠し、履歴書のいらない、低賃金、重労働の仕事にしか就けていません。なおかつ、病歴が発覚しそうになるたびに転職・転居を繰り返し、身を隠すような生活を余儀なくされてきました。

無理がたたって病気になったり、後遺症が悪化しても病歴が明るみに出て療養所へ連れ戻されること、差別を恐れて病院に行くことができなかった人が多くいます。強制隔離されたことは心に大きな傷を残し、「人から嫌われる病気」という意識を植え付けられ、社会でビクビクしながら生活しています。家族がいても配偶者や子どもに隠している人もいます。

非入所者
隔離政策下でなんとか強制隔離を免れ、社会で暮らしている人ですが、社会の厳しい偏見・差別のもとで、退所者同様の被害を受けてきました。病気のことが知られて村八分に遭い、山の中や人里離れた所に隠れて生活せざるを得なかったり、他人との接触を断ち自宅にこもったまま孤立した生活を送ってきた人もいます。そのため、社会の医療機関にもかかれず、病気や後遺症を重くされた方もいます。

家族・遺家族
身内がハンセン病になり、療養所への収容の際、警察官や保健所職員が自宅や通っていた学校を真っ白になるくらい消毒を行い、後に残された家族は、周囲から厳しい偏見・差別にさらされました。仕事を失い、生活に困窮して転居せざるを得なくなったり、子どもは学校で教師から明日から来ないようにと言われ、クラスでもいじめられました。就職の際も拒否され、縁談が破談となったり、離婚に追い込まれた人もいます。

*執筆協力:社会福祉法人恩賜財団大阪府済生会 ハンセン病回復者支援センター