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高齢者

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2000/06/22
タダ働きの献身的家族介護なんて、くそくらえ



その間に父が亡くなり、私は長女の高校卒業を機に離婚を決意しました。家制度から逃れるには離婚しかなかったから。ところが、やっと東京で借りた小さな家に、なんと83歳の元舅が杖をつきながらやって来たんですよ。早く帰そうと、「離婚してパートに行かなきゃ食べていけないんだから、自分のことは自分でしてね」と言うと、「教えてください」って居座ってしまって。それも失敗の連続で、私は嫁の時に怒鳴 れなかった分、この時とばかりに怒鳴りっぱなし。ところが、元舅は半年で家事をマスターして、1年後には私も娘も元舅が必要な存在となっていたんです。不思議なもので、その頃には「おじいちゃん、長生きしてね」って、本気で言えるようになっていました。家族としての存在価値が、元舅を生き返らせたんですね。人は努力し、成長して、徐々に心地いいつながりが生まれるという私の『理想の人間関係』が確信できて、今度は、寝たきりになった実母を、不仲にもかかわらず我が家に受け入れる決心までしてしまった。その意気盛んな『ゴーツク婆あ』も米寿を迎え、すでに『ゾンビ婆あ』と化して、介護ももう8年。「もうじき死ぬ死ぬ」と言いながら、こっちの方が危なくなってきて、我が家も立派な『老老介護』の仲間入りですよ。

皆さん、仕事をしながら大変でしょうとおっしゃるけど、私が仕事を続けるのは、自分を生きるため。先の見えない介護だけをやっていたら、介護疲れから老婆の虐待だって生みかねません。私は母と同居しても、こちらにも生活があり、仕事があることを行動で示してきましたし、母を一人にして、買い物や映画にも行く。世の中では、介護地獄からの殺人や自殺、過労死があとを絶たないんですよ。疲れ果て、追い詰められて、やらなきゃいけないことが一度に起こると、思考が本当に停止してしまい、その瞬間に思いもかけない殺人を起こしたりするんです。家族という名の女のタダ働きで、20年、30年と自己犠牲を強いられるんですもの。これじゃあ高齢者への虐待が増え、家族が崩壊し、そうした現実を見据えた非婚・非産が増え、子どもが減っていく社会になったって仕様がない。女だけの理由で、そんな介護に縛られる社会では、いいわけないじゃないですか。


(次回へつづく)

門野晴子(かどのはるこ)
ノンフィクション作家。
1937年東京生まれ。 PTA活動をきっかけに教育問題に取り組み、1982年わが子の受験問題を描いた『わが家の思春記』(現代書館)を発表。以後、学校教育や老人介護などをテーマに執筆、講演活動を行っている。著書に『老親 を棄てられますか』(主婦の友社・講談社文庫)(2000年10月映画化上映)、『寝たきり婆あ猛語録』『寝たきり婆あたちあがる』(以上講談社)(NHK連続テレビ小説「天うらら」の原案)、『ワガババ介護日誌』『切っても切れないワガババ介護』 (以上海竜社)など。劇団朋友「わがババわがママ奮斗記」舞台化=主演長山藍子: 文化庁芸術祭大賞受賞。
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