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高齢者

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2000/06/22
住宅介護だって、介護は専門家に。


世界一のスピードで高齢化が進む日本の社会。だれもが安心して老後を迎えられる社会にするためには、何をどう変えなければいけないのでしょうか。そこで、今回ご登場いただいたのが、チャキチャキの江戸っ子気質に大阪のお笑い精神を織り混ぜた絶妙の語り口で、介護問題を切りまくるノンフィクション作家の門野晴子さん(62歳)。「介護はやったものにしかわからない」と言い切る介護歴23年の重みと、体験者だから断言できる介護のあり方を2回にわけて語っていただきます。

門野晴子さん 住宅介護だって、介護は専門家に。
 


「介護とセックスは、やったものにしか分からない」
って、拙著『ワガババ介護日誌』のプロローグに書いたフレーズだけど、言い得ていると思いません?
特に女のタダ働きでしかない『家族介護』につきまとう、たとえようのない疲労感やプレッシャー、強制された親孝行なんて、経験してない人には絶対分かりっこないんですもの。私はそんな深刻な女の状況を訴えたくて、本に綴り、講演を続けてきたんですけど、重い話を暗くされたんじゃ、読み手も聞き手もさらに重くなってしまう。だから、吉本新喜劇風に笑わせながら、真実を訴えるというカタチをとるようになったんです。

日本の介護って、介護する側に代償も何もないから、イライラが募って、つい顔に出てしまう。介護される側だって、悪いなと思って肩身が狭くなってしまうのね。母なんかベッド生活も8年で、もう立派なキャリア・ネタキリ・ロージンでしょう。ゴッドマザーのように強気な人なのに、「わたしゃ、もうじき死ぬんだから」なんてフテクサレながら、老い病んで、娘である私に世話になることに罪悪感さえ持っている。
その点、北欧の介護態勢は、プロの公務員としてよその親をみるわけでしょう。ひとり暮らしが当たり前の社会で、子どもの年収がいくらであろうと関係がない。個の自立が基盤となっている社会だからこそ、
『体の世話は専門家、心の世話は家族』
という役割分担が30年前に確立し、その結果、家族の絆がいっそう強まったそうなのよ。専門家なら、病人が「すみません」と言わなくてすむし、「ありがとう」でいいんだから。でも、それが身内なら「すみません」に、「いつまでも生きてて悪いね」がついてくる。そんなセリフは聞きたくもないし、言いたくもないわよね。

4人に1人が老人になる社会を目前にして、女に押し付ける介護では、先進国ならば恥ずかしい。日本の場合、ひとりの女性の肩にかかるケースが圧倒的に多くて、これこそ究極の女性差別なのよ。読者の方からいろんな手紙が届くんですけど、介護の現実ってひどいものばかり。ひとりで長く介護していると、あれやこれや問題が一度に重なって、思考が停止して真っ白の状態になることがあるの。介護の苦しさから逃れるために、高齢者殺人が起きるってそういう時。それができない人は自殺してしまうか、介護過労死も増えているんです。在宅介護は、大勢の専門家が出入りし、いろんな人が関わって、冗談を言って笑える環境が介護者にいいんですね。でも、いくら専門家が出入りしても、1日に2時間のホームヘルパーでは、後の22時間はどうするの? それに、年寄りは日曜も年末年始も生きているんですよ。
私だって、母ももう人生の終末なんだから、優しくしてあげたいとは思うんだけど、それがなかなかできない。母はおしめをイヤがって、ベッドのそばにポータブルトイレを置いているんですが、体がいうことを聞かないの。自分ではそこまで行って用をたそうと一生懸命頑張っても、間に合わない。それで、ウンコをその辺になすり付けながら歩くという状態になってしまって。そんな時に原稿の締め切りや細かい用事が重なると、私はもうパニック状態。言われているほど、家族介護は美談にはなりませんよ。

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