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高齢者

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2000/06/22
シルバーハラスメントを考える シリーズ第1回






『縛らない看護』とは、高齢者の尊厳を守るケア。
看護する側の誇りにもつながっていきます。


<高齢者の「抑制」が当たり前だった医療界に、
待ったをかけた上川病院の取り組み>
を2回シリーズで紹介します。



シリーズ第1回

「安全確保」や「人手不足」を理由に、高齢者をベットや車イスに縛りつけることを「抑制」と呼び、日常的に続けてきた日本の医療現場。ヒモ類での拘束以外に、転落防止用に車イスにテーブルをつけることや、自分で脱げないつなぎの服を着せることも「抑制」とされるが、そんな高齢者の人間性を無視した「縛る看護」はもうやめようと、東京・八王子の上川病院が「抑制廃止運動」を始めたのが1986年。院内の抑制帯やヒモ類をすべて捨てることからのスタートだった。

「抑制」という曖昧なことばで表現するよりも、その本質を表現する「縛る」に言い換えるべきだと主張してきた吉岡充理事長のもと、さまざまな工夫を重ね、「縛らない看護」を辛抱強く実践してきたのが、総婦長の田中とも江さん(50歳)である。以前の職場で自ら「抑制」する看護を体験し、誇りを失いかけた田中さんの腹をくくっての14年間。言い出しっぺとして、自分との闘いでもあったという。

「点滴を自分で抜いてしまう患者はどうすればいいんだ」「問題行動を起こすから、やむをえず縛るんだ」。周辺では、多くの異論が相次いだ。だが、田中さんの答えは、いたって明解だった。「『その人に沿う』看護をすればいいんです」。管理側の論理を捨て、患者の立場にたつという発想転換。「徘徊にも、問題行動にも、本人なりの目的や理由がある。それを理解し、ケアにつなげていくんです」

上川病院では、5つの基本ケア(1.起きる2.食べる3.排泄4.清潔5.アクティビティ)を実践した。まず、朝はすべての患者さんをベッドから起こす。着替えて、車イスに座り、両足を床につけていると、感覚の刺激になるのだ。きちんと起きれば、食事もできる。食事や水分が口からとれるようにすれば、点滴が減る。食べられて、随時トイレ誘導すれば、排泄もできるようになる。おむつの人も随時交換。おむつに不快感がないと問題行動とされる「おむついじり」が減る。お風呂もできるだけ入ってもらう。清潔に保つと、皮膚のかゆみなどから大声を出したり、不眠になる人が減る。そして、常に食堂に出て、仲間とコミュニケーションをとるなどアクティビティを広げることで、起きれば楽しいという意識が生まれ、人間らしさを取り戻していくというわけだ。

「『抑制』は、いわば人間破壊。患者は尊厳を失い、怒り、心を痛め、諦め、生きる気持ちを失わせていく。これが『抑制死』です」。「抑制」をやめることで、患者たちの目が生きてくる。明るくなり、痴呆もよくなっていく。気持ちがいいと、人にも優しくなれるのだ。

上川病院での取り組みは、各地の医師の心を揺るがしていく。福岡の医師から「うちでも『抑制』はずしをしたい」という相談を受け、1年半をかけて実現した「抑制廃止福岡宣言」。それは1999年の「九州宣言」につながった。そうした新しい風は、厚生省も動かすことになる。来春から始まる介護保険の対象となる施設で、「抑制」は原則として禁止と決められたのである。

(次回につづく)


抑制廃止福岡宣言(1998年10月30日)
    老人に、 自由と誇りと安らぎを
    1.縛る、抑制をやめることを決意し、実行する
    2.抑制とは何かを考える
    3.継続するために、院内を公開する
    4.抑制を限りなくゼロに近づける
    5.抑制廃止運動を、全国に広げていく

田中とも江(たなかともえ)
上川病院総婦長
福岡県生まれ、50歳。1966年愛知県医師会一宮準看護婦学校卒業。精神病院勤務を経て、'84年東京高尾看護専門学校卒業。同年上川病院へ。'86年より縛らない看護に取り組み、'98年10月の「抑制廃止福岡宣言」や、'99年6月の「九州宣言」のきっかけをつくる。
上川病院(かみかわびょういん)
内科、老人科、リハビリテーション科、神経科、精神科をもつ高齢者の専門病院。内科は1984年、精神科は'96年開棟。総ベッド数119床。吉岡充理事長は、「患者さんと医師は対等」という信念を貫いた父・故吉岡眞二院長の跡を継ぎ、田中とも江総婦長と共に縛らない看護に取り組み、抑制廃止の研究報告や講演等を重ねた。抑制廃止のパイオニア的病院として注目を集めている。
所在地/東京都八王子市上川町785
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