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2001/10/05
ターミナルケアで大切なのは、病人といっしょに感じてあげられること。


生まれてきたからには、避けて通ることのできない「死」。中でも、重い病気にかかった場合の終末期医療に関しては、家族のさまざまな思いや願いが絡まり合って、すでに言葉を失った本人の意思はなおざりにされがちです。大切な人の死に直面したとき、私たちは戸惑いながらも、どのように受け止め、どう判断していくべきなのか。「死は特別のことではなく、誕生と同じように当然のこととしてとらえれればいい」というホスピス医の森津純子さん(37歳)に、「こうあるべき」論の多い告知問題、尊厳死問題、介護法などを、専門医の立場から語っていただきました。

森津純子さん ターミナルケアで大切なのは、病人といっしょに感じてあげられること。


母が逝って、もう5年。根っから病院嫌いの母がガンにかかり、断固として入院も手術も拒否したため、医者を休職しての在宅看護でしたが、母は人間がもつ生命力の不思議さを最後の最後まで見せてくれました。注射や点滴はせず、薬も最低限、延命治療もしない約2年間の闘病生活。気分のいい日は外出を楽しみ、体調が少々悪くても炊事をこなし、家族を玄関まで見送る日々。様態に陰りが出始めてからは、医者として、娘として、そばにいることさえ辛い日も多々ありましたが、その看護で実感したのは「人間の気持ちは理屈じゃない」ということでした。

それまでは医者として、安全な所から高みの見物をしていたのかもしれません。患者さんの家族の気持ちまで分かっているつもりでいたのに、実際には自分の家族が病気になってみないと分からない点が多かった。たとえば、心の半分では現実を理解していて、実際に起こるわけがないことでも、奇跡が起こるかもしれないって思ってしまうんです。理屈云々よりも、病人が今どう感じているかを一緒に感じてあげられるようにし、それから先のことは、また先で一緒に考えようと、病人と同じ姿勢でそばにいることが大事だと思うようになりました。

告知は他人が決めることじゃない。

森津純子さん 告知にしても、その人の考えに合わせて決めるべきです。告知されて前向きに生きていける人はいっぱいいますが、告げられないほうが前向きに生きられる人もいる。患者は病名をはっきり「知る権利」があり、逆に「知らされない権利」もあるんです。母のようにはっきり病名を知りたくない人には、症状だけを正確に伝えました。「大腸の壁にコブができていて、食べ物の通りが悪くなるから吐いたりするんだけれど、そういった場合はガンなんかの悪いものの可能性があるんだよ」と。医学的にいう「柔らかい告知」です。

本人が本当に知りたいときは、絶対、聞いてきますから、その時にウソをつかないという覚悟だけをして、タイミングをはかって言えばいい。「私はガンなの?」と突き詰められて、言わざるを得ない状況になって言えば、まず失敗はありません。相手には、すでに聞く体勢ができていますから。初めから告知はこうあるべきと考えている人のほうが失敗しやすいし、「絶対に言わないで」という人に告知するのはあまり得策じゃない。

もし分からなければ、本人に聞けばいいんです。「最近不安そうな顔をしているけど、何か心配なこと、聞きたいことがあるの」と。言葉に「もし」 をつけてあげるだけで、随分柔らかくなります。たとえば「もし、ガンだって言われて不安になったりしないの?」「もし、悪い話であっても、それでも聞きたい?」という風に。とにかくその人と向き合ってどう感じるか、その感覚を大事にしたいです。

また、現在の医療は、最先端であればあるほどいいといった風潮、最先端のものを勧める傾向にありますが、患者側は断る勇気も必要です。悪くいえば、病気で入院しているのは、人質に取られているようなもの。遠慮しすぎて言わないために損をしているケースが非常に多いし、何も言わないのはいちばん損。多少嫌がられても、こうして欲しいという意見は、常識的な範囲の言い方で関係者に伝えれば、結構通るはずです。また分からないところは、きちんと質問する。複雑な話を聞くときは何人かで行って、後で検証しあい、疑問部分は聞き直せばいいんです。

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