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2003/06/20
よい介護は、よい介護関係から生まれる よい施設は、ベッドで見分けられる


ユーモアたっぷりの三好節が炸裂する「生活リハビリ講座」には、介護関係者の「追っかけ」が多いと聞く。教科書には書かれていない三好さんならではの介護論があまりに明解で、新しい発見があり、すぐに現場で役立つ内容だからであろう。数多い介護書のなかでも、少々難解なタイトルがついた三好春樹著『関係障害論』がベストセラーとなっている理由も同じなのかもしれない。介護現場で、にぶく輝く老人たちの顔が見えてくるのだ。誰もが避けて通れない道でありながら、マイナスイメージでしか捉えられなかった「老い」という現実が、温もりをもって見えてくるのである。

生活とリハビリ研究所代表 三好春樹さん よい介護は、よい介護関係から生まれる よい施設は、ベッドで見分けられる

「介護は介護力じゃない。力に頼るだけの介護が老人をダメにしてきた」と語る三好春樹さん。老人が「元気」と「病気」の2種類だけなら、寝ている病人には介護力だけでいい。でも、実際はその元気と病気の間に、老いと障害をもった無数の人がいて、その障害も一人ひとり違うのだ。そうした介護に必要なのが関係づくり。どう関わるかといった「介護関係」が大切だという。

生きる力を取り戻すのは関係づくり

これまでの介護は、手を貸す側が主体になり、老人は受け身になってしまっていました。介護の本質は、受け身になった老人に何かをしてあげることじゃなく、老人を主体にして生活づくりをどうしていくか。介護福祉士や2級ヘルパーの養成では、いまだに排泄ケアの授業で上手なオムツの当て方を教え、食事介助の授業では上手なスプーンの運び方を教えている。そうじゃなくて、オムツにしないための工夫をするのが排泄ケアであり、ひとりで食べられるように創造力を働かせるのが食事介助なんですよ。
今は、老いそのものがマイナスイメージで捉えられていて、それじゃみんなが年を取りたくなくなってしまう。問題は老人の側にあるんじゃなくて、他の世代がどう関わっていいかわからない点にあるんです。

老人が寝たきりや痴呆にになる原因は何だと思いますか。大抵の人は身体の障害や脳の萎縮が原因だと考えるけど、それだけじゃない。私は、「社会」と「家族」、そして「自分自身」との「関係障害」ではないかと言ってます。つまり、外に出なくなって社会との関係がなくなり、家族からも厄介者扱いされ、老いて物忘れをする自分やおもらしをする自分と上手く関われず、生きていく気持ちを失っていく。相互的な人間関係が失われ、介護されるだけという一方的な関係によって受け身にされて、主体が崩壊していくんです。
じゃあ、老人の“生きる力”を取り戻すにはどうしたらいいか。老人を相手にしてくれる世間をつくり、情緒的に支えてくれる身内や身内に代わるものをつくっていけばいい。関係づくりのケアが必要なんです。

施設の役割は、家族との気持ちの距離を近づけること

講演中の三好さん 一般的に施設に入るより在宅介護のほうが幸せというイメージがあるけれど、それも、いい関係で同居できるならのこと。気持ちが離れていたら、同居は地獄。人は無関心には耐えられないんです。大切なのは、物理的距離じゃなくて「気持ちの距離」。だから、気持ちが離れているなら、距離も離しちゃえ。距離が離れることで、逆に気持ちの距離が近づいたというケースをつくることが施設の役割だと僕は思います。心はひとつなんですからね。そういう役割をすれば、施設は単なる収容施設ではなくて、関係を修復していける場になる。そういった位置付けを、これまで関係者も家族もしてこなかったんです。

介護保険は「介護の社会化」を旗印に推進されてきたけれど、私は「社会化」じゃなくて、「町内化」ぐらいがちょうどいいと思う。「家族か、社会か」じゃなくて、「家族も、社会も」。「介護力は社会がすべて引き受けましょう。その代わり、介護関係は家族だよ」ということです。これまで介護力と介護関係をわけて考えるという発想がなかったから、介護関係まで社会化してしまっていた。家族でないからこそできることを社会が引き受ければ、家族でなくてはできないことが見えてくるはずです。
介護関係でもっとも重要視されるべきなのは、専門性よりも「相性」。そういう意味では、嫁と姑はたいていが相性が悪いものだから、最悪の組み合わせ。2人の関係の問題が、家庭問題でもっとも弱い部分にあたる老人介護に「仕返し介護」なんて形で表れてくるんです。でも、実際は奥さんが介護をしている場合がもっとも多くて、奥さんはよく看てますよ。男の場合は「罪滅ぼし介護」が多いんですけどね。

まあ、在宅介護はいかに部分化するかを考えないと難しい。「介護してもらう」という一方的な関係だけになると、自分ばかりが迷惑をかけているという罪悪感から、それを一挙に逆転しようとして、介護してくれる相手を泥棒扱いしてしまったりするんです。それには、擬似的でも老人に「する人」になれる機会を与えて、相互性をつくること。介護時間のうちわずかでも、その老人ができることを教えてもらったり、してもらうという関係づくりが大切です。
訪問看護でも「私が行くと泣いて喜んでくれるんですよ」という専門家がいるけれど、それは自分が行かないと老人は生きていけないという状況を喜び、自分の管理欲や支配欲を満足させてるわけで、本当の介護じゃない。介護関係を円滑にするには、ほんの一部でも部分化すべき。できるだけプロに頼んで、自分はいちばん大事なところを引き受けることですね。

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