ふらっとNOW

部落

一覧ページへ

2001/12/19
シリーズ結婚差別1 なぜ私を拒むのですか



義父は「娘を頼む」とにこやかに語った

田中和男(42歳 仮名)・祐子(43歳 仮名)は結婚15年。中学生を筆頭に3人の子どもがいる。しかし和男はいまだに妻の実家でくつろいだことはない。それどころか結婚後、足を踏み入れたことさえない。
「入ったことがない、というより入れてもらえないんですよ」
祐子の両親は、いまも頑なに和男を拒んでいる。
「被差別部落出身者」。人間性に関係なく、生まれ育った場所だけで祐子の両親に結婚を反対され、仕方なく駆け落ちという手段で結婚した。
「父は、駆け落ちという人の道にはずれた行為が許せない、と言っていますが・・・」
この理由だけで15年間も娘の夫を拒否しつづけているのだろうか。
「たぶん、問題をすり替えられたと思いますよ。本当の理由は僕が部落の人間だからなんです」
和男が最後に祐子の家に入ったのは、結婚の承諾を得に行った時だった。
そのとき、祐子の父は上機嫌で2人の結婚を認めた。意を決して「僕は部落の人間です」と言った和男に「そんなことは気にしない。娘をよろしくたのむ」とにこやかに語ったのである。
地元でさまざまな結婚差別の話を見聞きしていた和男は、必ず厳しい反対があると覚悟していた。それだけに義父の反応はむしろ意外なものだった。
「部落外の人との結婚は人が言うほど難しいものではない、もう差別はなくなっているのではないか・・・」
そうしたことを考えながら万事うまくいくと信じて帰路についた。

突然に、婚約解消を申し出されて

ところが、それから日をおかず和男の職場に祐子の両親が訪ねてきた。
「結婚はなかったことにしてほしい」と一方的に、もちろん祐子の承諾も得ずに婚約の解消を求めてきたのである。祐子が会社の研修で家を留守にしている間の出来事だった。
あんなに、にこやかに「娘をよろしくたのむ」と語った、同じ人が目の前で破談の話をしている。和男に思い当たる理由はひとつしかなかった。
「僕が被差別部落の人間だからですか」
両親が頷くわけがない。ただただ、「縁がなかったことにしてほしい」と言うばかりだった。
祐子が研修を終えて家に電話をかけてみると、いつもと様子のちがう母に気づき、直後に和男と連絡をとってすべてを知ることになる。そしてその日から2人は連絡がとれなくなってしまった。祐子は電話をとらせてもらえないし、和男からの電話も一切取り次いでもらえない。
しかし、その間も祐子は説得を続けていた。
「両親には、何度もなぜ結婚を反対するのか聞きました。でも“部落の人はダメだ”の一点張りなんです。親戚の手前がある、弟の結婚にさしつかえるとか、最後にはお前は騙されている、洗脳されているって。本当に意味のない反対で、なぜ部落民の彼がダメなのかは言ってくれませんでした」
祐子の両親が被差別部落の人間から被害や危害を加えられたことは一度もない。ただ、周囲の言葉を鵜呑みにしているだけで、被差別部落の人間と親しくつきあったことさえなかったという。被差別部落の悪いイメージと、世間的体を気にしての反対でしかないのだろう。
我が子の幸福を願う一方で世間の目が気になる。祐子の両親でなくとも被差別部落の人々と親戚になることで自分たちも差別される立場になるのではないか、と恐れる人は多い。差別する側もまた、明確な理由のない幻想に縛られて被差別者を傷つけてしまっている。

この人と絶対幸せになろう、って思いました

バイクで走り去る二人 数ヶ月後、思いあまった和男はなんとか祐子を呼びだし、駆け落ちを決行する。他府県に住んでいる祖父のところに一時身を寄せようとしたが、相談した知人に「まず親を説得しろ」と諭され、明け方に祐子を家に帰した。しかし結果的にこの駆け落ち事件が火に油を注ぐかたちとなり、祐子の両親の態度はますます硬化してしまう。祐子は会社を無断欠勤させられ、家族が彼女を四六時中監視する、という生活がはじまった。
和男が話し合いを求めようにも、以前にもまして会ってもらえない。
しかし和男はどんなに状況が苦しくなっても祐子との結婚をあきらめようとは思わなかった。
「あのとき、別れていたら僕はいまも結婚していないでしょうね」
和男にとって祐子は、まさしく人生を変えた女性だった。将来的な目標もなく、刹那的な日々を繰り返していた和男に祐子が「生活の中のしあわせ」を教えてくれた。
「僕の母親は女手一つでと場で働きながら3人の男の子を育ててきました。もう、本当に四六時中働きづめで、それでも貧しくて・・・家族の団らんなんてなかったし、家族で食事をするあたたかさを知らずに育ちました」
文字通り食べるのに精一杯、という被差別部落の母子家庭に育った和男にとって祐子の家庭的なやさしさは何ものにも代え難いものだった。
一方、祐子は
「両親に対して意地になっていましたね。理不尽な反対が許せなかったし、この人と絶対に幸せになろう、って思っていました」
こうした2人の真剣な気持ちは周囲にも伝わり、少しづつ理解者が増えてきた。事情を知った祐子の上司と同僚は仕事の引き継ぎを理由に祐子を会社に呼び戻し、和男と連絡がとれるようにしてくれた。そして和男の母と兄弟、友人たちはアパートと生活用品、当座の生活費を用意し、祐子を迎える準備を進めた。
「本人どうしが真剣なら、応援してくれる人は必ず現れます。いざというときの人間のつながりに、本当に助けてもらいました」

関連キーワード:

一覧ページへ