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障害者

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2000/06/22
自分を受け入れ、変わってゆく障害者を知ってください


 

アメリカ留学中は、大学でも街でも障害者として扱われたことがなかったので、私自身も右手の肘から下が義手であることを、ほとんど意識しませんでした。プールやエアロビクスにも通いました。どこに行っても、義手や義足の人、盲導犬や介助犬を連れた人がたくさんいるんです。大学の学生新聞の忘れ物コーナーに「義足」ってさり気なく載っていたのも面白かった。
アメリカは人種も多様ですよね。いろいろなマイノリティー(少数派)が共存しているから、困ったことがあれば自分から声をあげて変えていくしかないし、それは自己責任であるという考え方なんです。「こうしてほしい!」とアピールしなければ、誰も手を貸してくれません。厳しいといえば厳しいけど、きちんと主張すれば扉が開く社会でもあるんです。一方、日本は個人よりも集団、少数派よりも多数派が尊重される社会。だから障害をもっていると、集団の価値観で「かわいそう」だと判断し、同情するんです。

シンパシィとエンパシィという言葉があります。シンパシィは同情、エンパシィは感情移入とも言います。この感情移入とは、相手の靴に足を入れて考えるということです。異文化を理解するのに必要なのはエンパシィの方なんですが、相手の立場になってものを考えるには、まず自分の立場を理解していなければなりません。自分自身が確立していなければ、相手のことはわからない。ところが日本では、まず集団ありき。「集団のなかでの自分」として物事を考える姿勢が身についているから、集団から離れると自分自身が見えなくなったり、とても不安になってしまう。個というものが発達していないんですね。
日本でも「個性を尊重しよう」とは言いますが、個性も一歩間違えると単なる自己満足やわがままになってしまう。同情するけど感情移入はできないというのも、集団主義ではないんだけれど、やっぱり自分というものが確立できていないからですよね。
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