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2001/11/16
施設コンフリクト 第4回


「施設コンフリクト」。多くの人にとっては、聞き慣れない言葉です。けれども実はあちこちの町で起きている、とても身近な問題なのです。もし、あなたの住む町に障害者施設ができることになったら、あなたはそれをどう受け止めますか? 私たちの人権意識を正面から問われるこの問題について、「自分自身のこと」として考えてみてください。

施設コンフリクトとは?
+++「施設コンフリクト」とは+++
身体・知的あるいは精神障害者や高齢者のための社会福祉施設の新設計画が、近隣住民の反対運動によって中断、停滞する「人権摩擦」


シリーズ第4回

~社会復帰施設「ふれあいの里」の場合~

'94年、大阪市は精神障害者の社会復帰施設「ふれあいの里」の設立を決定した。これは、自立するための仕事の訓練をする場である授産施設、住まいを提供する生活訓練施設(援護寮)、総合的な支援をしたり憩いの場としての地域生活支援センターからなる、総合的な社会復帰施設である。大阪市初の試みであり、当事者をはじめ関係者の期待は大きかった。しかし、建設予定地となった地域では、地域住民による反対運動が起こる。5,170人の反対署名が集まり、約300本の電柱に建設反対のビラが貼られ、「このような施設は我々地域住民にとって重大な影響(地区内の子供に対する影響等)を与えることが必至である」という内容の回覧文が回されるなど、かなり激しいものだった。その結果、予定されていた'96年度中の着工が延期、大阪市による住民への説明会が何度も開かれた。また'97年には、大阪市職員が地元約600世帯を個別訪問し、説得を行った。こういった取り組みから、地域の人々のさまざまな感情が浮かび上がってきた。

建設予定地にはもともとと場があった。と場が南港へ移転したため広大な敷地が残り、'92年に知的障害者の入所施設(100床)と特別養護老人ホーム(300床)、知的障害者の更正通所施設(60人)を併設した施設がつくられた。このような施設はこれまで、まとまった土地がないために大阪府下の山あいにつくられてきた 。しかし利用者にとっては、住み慣れた土地を離れなければならない、不便、地域との交流がしにくいなどの問題点があった。これは、大阪市内での入所が実現する初めての取り組みだったのだ。
しかし地域にとってこの施設の存在は、納得いくものではなかった。住民に対する事前説明では、大阪市は3階建てと説明し、結果的には5階建ての建物となった。また、「老人ホームができる」という話だったが、途中から知的障害者施設が加わった。施設が完成した時、地域の人たちには行政に対する不信感があった。
しかも開所の翌年、施設職員による入所者への人権侵害が発覚する。入所者を呼び捨てにしたり、殴るなど、人格やプライバシーの侵害が日常的に行われていたことが次々と明らかになり、地域住民の施設に対するイメージはさらに悪化した。「ふれあいの里」建設反対運動の背景には、こうした行政不信と、福祉施設に対する悪いイメージがある。

一方、住民側からは「若者が集まり、町が活性化するような施設をつくってほしい」という要望が出され、「ふれあいの里」の建設は保留のまま、市営住宅、サッカー練習場、テニスコート、多目的広場、公園などが次々につくられた。そして'00年、ようやく「ふれあいの里」は着工のめどがついた。
ところが地元では最近、南津守連合町会の名で「建設絶対反対」のポスターがあちこちに貼られるなど、一部の人による反対運動が再び表面化してきた。
一連の経過を、時に関係者としてかかわりながら見てきた大阪市立西成障害者会館の副館長、富田めぐみさんはこう話す。

子どもの世界にも大きな影を落とした反対運動

私は、地元への説明は必要だと思うんです。自分が住む地域にどんな施設ができるのか、知りたいのは当然だと。もちろん、地元の許可をもらうということではありません。先の施設の場合、説明が不十分だったことは否めません。その横に「ふれあいの里」が建設すると知った地域の人たちが、「なぜ自分たちの地域ばかりに施設が集中するのか」と考えるのも無理はないとは思います。
それでももう一度、冷静に考えてほしい。署名を集める、電柱にビラを貼るといった反対運動は、子どもたちにも大きな影響を及ぼしました。ある小学校では、二分脊椎の女の子がいじめられました。足に障害があるため、装具をつけていたのですが、「いつも同じ靴をはいている。おまえの家は貧乏か」とバイ菌扱いされていました。当時は6年生。それまでそんなことはありませんでした。
いじめが発覚し、教師がいじめた子どもたちを指導しました。ところが指導後、ある子どもが「なんで自分が叱られるのか。あいつ(いじめた相手)を殺してやりたい」と言ったというのです。それを聞いて、子どもたちの世界が殺伐としているのを実感しました。
また、親が積極的に反対運動をしている家庭の子どもが、ある時「うちの父ちゃんがやってること、間違いなん?」と聞いてきたこともあります。
大人たちがしていることは、子どもにものすごい影響があるのです。反対運動をしている人のなかには「子どもたちのために、いい環境を守りたい」と言いますが、子どもたちはまったく反対の影響を受けています。「障害をもっていることは、マイナスでしかないんだ」と。それを大人はしっかり認識すべきだと思います。

本音は精神障害者への差別

私はさっき、これまでの経過からいって反対する人がいるのも無理はないと言いましたが、その人たちの本音は精神障害者への差別だと思います。それはきっちり指摘しておきたい。そのうえで、「ふれあいの里」を地域住民と交流できる場にしてほしい。当初の計画ではそういう視点がなかったのですが、地域との交流は必要だと思います。「精神障害者は何をするかわからない、怖い」とイメージを持つ人は多いのですが、なぜ問題を起こす精神障害者がいるのかは知らないんです。適切な医療を受けられずにいる人が、問題を起こしてしまう。そういう人を、どう医療に結びつけていけるかを地域ぐるみで考える時期ではないでしょうか。そのためにも排除ではなく交流が必要なのです。
今、何かトラブルが起きた時、助けを求められる機関は警察しかありません。しかもそれが家庭内のトラブルだと、警察は間に入ってくれません。精神障害者地域生活支援センターは、24時間、相談を受け付けます。どんな家庭でも、さまざまな問題が起きる可能性はあります。「ふれあいの里」は、住民にとっても頼りになる場になるはずです。


心の病は、特別なものではない。いつ、誰が発病しても不思議ではない。精神障害者施設を「押し付けられる」ととらえるか、「自分たちもいつでも利用できる、より暮らしやすい町になる」と考えるか。その判断力を養うには、やはり精神障害に対する正しい知識が欠かせない。子どもたちに深刻な影響を及ぼしていることを思うと、「無知は罪である」と改めて実感する。

(次号へつづく)




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