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2004/05/21
障害の有無を調べることが意味するもの


「おめでた」という言葉に表されるように、子どもを望む人にとって妊娠は喜びに満ちたものだ。しかし現代のお産の現場では、必ずしも喜びだけがあふれているわけではない。妊娠初期に受ける出生前診断によって、子どもの障害や病気の一部について、その有無がわかることがある。なかでもダウン症の場合は検査技術が進み、かなりの精度で判別できることもある。しかし、これは誰のための検査なのだろうか。予防や治療ができない障害を妊娠初期に見つけ出す、中絶を前提にした出生前診断には、障害を「不幸」「生まれてこないほうが幸せ」と決めつける差別的な思想が含まれてはいないだろうか。
広く認知されつつある出生前診断に、著書『子どもを選ばないことを選ぶ』(メディカ出版、2003年)を通じて、産科医の立場から「ノー」の声を挙げた大野明子さんに話をきいた。

障害の有無を調べることが意味するもの 大野明子

受け止めきれずにいた、「障害」を抱えた命

東京・杉並区で「お産の家 明日香医院」を開業する産科医・大野明子さんは、かつての自分を振り返ってこう言う。「1999年の開業当初、私の出生前診断に対する姿勢は、あいまいでした」。理由は、いくつかある。まず、障害に対する考え方そのものがあいまいだったこと。正しい医学的根拠なく介入するだけのお産から離れ、人間の体がもつ自然のリズムと感覚を大切にしたお産を支援していきたいと開業した大野さんだったが、生まれながらにして障害をもつ子どもの誕生に対してはまだとまどいや「大変なこと」という思い込みがあった。障害のない子どもに比べ、複雑な思いで誕生を受け止めていたのは事実だった。
訴訟を起こされるのを怖れたのも正直な気持ちだ。出生前診断を勧めずに出産を迎え、生まれた子どもに障害があったら、医療側が「過失」を問われることがある。「事前にわかっていれば中絶という選択肢もあった。重要な情報を提供されなかった」というわけである。アメリカでは実際に「35歳以上の高齢出産でダウン症児を出産する可能性が高かったのに、出生前診断を勧めなかった」として訴えられた医療側が敗訴するということが起こっているという。
こうしたとてもデリケートな現実に対し、出生前診断を肯定しきれないでいながらも「自分の価値観を人に押しつけてはいけない。まして自分は専門家ではない」と半ば無理やり自分を納得させ、35歳以上の妊婦に対して一通りの情報を提供するという無難な方法をとることにした。しかし、この目論見もスムーズにはいかなかった。自然なお産に惹かれてやって来る妊婦は、高齢出産のリスクや検査の方法などを聞かされ、必要以上に重大に受け止め、考え込んでしまう。その不安を取り除くために多大な時間が必要となり、子どもを迎える喜びを分かち合い、信頼関係を築く時間が削られてしまう。これでは本末転倒だと考えた大野さんは、自分の考えをていねいに書き込んだ著書『分娩台よ、さようなら』(メディカ出版、1999年)を読んでもらうことで「情報提供」とすることにし、健診の場での説明はやめた。「できればこの問題に真正面から向き合うことなく、やり過ごしたいというのが当時の私の最も正直な気持ちでした」と、大野さんは打ち明ける。

「どう見ても、全然かわいそうじゃない」

本表紙「子供を選ばないことを選ぶ」
「子どもを選ばないことを選ぶ いのちの現場から出生前診断を問う」(大野明子著 メディカ出版 1,800円+税)※本の写真をクリックすると、amazonのホームページから本を購入することができます。

大野さんの「逃げ腰」をがっしりとらえ、揺さぶったのは、ダウン症の子どもたちと家族の姿だった。なかでも明日香医院で初めて生まれたダウン症の赤ちゃんである春乃ちゃんとの出会いは、大野さんの人生観を根底から変えるものとなった。
「最初はお母さんもすごく嘆き悲しんだし、私も動揺しました。けれど当の春乃ちゃんは出生後の数時間を乗り越えると本当に元気で、自力でおっぱいにも吸いつきました。どう見ても、彼女自身は全然“かわいそう”じゃないんです。周りが勝手に“かわいそうに”と落ち込んでいるだけ。そう気付いた時、初めて“全然かわいそうに見えない子に対して、かわいそうだと言うのはとても変だ”と思ったんです」。
両親も、嘆き悲しみながらも、春乃ちゃんの「ダウン症」を受け入れた。出産直後、特徴的な容貌からダウン症を確信した大野さんは、「恥ずかしながら、両親に“なぜ妊娠中にわからなかったのか”と責められることを怖れ、同時にどのようにケアしていこうかと悩みました」と話す。個人診療所でダウン症の子どもが生まれた場合、周産期センターなどの高次施設の新生児集中治療室(NICU)に搬送するやり方も普通である。そしてダウン症の確定診断をし、心臓などに合併症がないかを調べる。医療的に見れば、安全で合理的なシステムだが、出産直後の母子にとっては致命的な損失になる可能性もあると大野さんは指摘する。「子どもを育てていくのは、両親です。出産直後の親子のふれあいは、それからの親子関係を築くうえで大切な基礎となります。まして障害があるならなおさら、それを受け止め受け入れていくことが、子どもの未来にとって一番大切なこと。状態がいい限りはうちから手放さず、両親とともに見守っていきたいと考えました」。両親や助産師、スタッフたちも大野さんの考えに賛同し、春乃ちゃんは両親から離れることなく、生後4日で無事に退院した。春乃ちゃんの母親はダウン症を受け入れるまでには少し時間がかかったが、ずっと母子同室で過ごし、春乃ちゃん自身にはとても愛情を感じたという。

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