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2003/11/28
僕にできるのは、子どもたちに寄り添い共に生きること


若者の薬物乱用は伝染病

水谷修さん 水谷さんによると、薬物は「2つの顔」を持つという。ひとつは、確実に快感をもたらせてくれる「微笑みかける天使の顔」。だからこそ、一度でも乱用してしまうと、その誘惑を断ち切ることが困難になってしまう。
2つ目の顔は、「無気味に笑う死に神の顔」。乱用すると、人間を確実に破滅へと導く。社会からはじき出し家族や友人を奪うだけではなく、人間性を破壊し、続いて心の死、頭の死、身体の死へと至ってしまうのだ。
「真面目なヤツほど、真面目に薬物を使い、自らを滅ぼしていく。いちばん純粋で、いちばん世の中から傷つけられている子、薬物を使わなかったら、それまで生きていけなかった子たちです」
「点」とされ、さほど広がらない大人の薬物乱用と違い、グループで行動する若者は、「面」として伝染病のように広がってしまうのだ。
「専門家の間では今の子どもたちの2人に1人(50%)が、これからの人生で身近に薬物について見聞きし、4人に1人(25%)が誘われ、2.6%が実際に使用していくだろうといわれています」

若者の薬物乱用が急激に増加したのは1994年頃から。ポケットベルや携帯電話が高校生に広まった時期で、安い偽装テレホンカードが使われるようになった。その偽装テレホンカードは繁華街などで密売され、同じルートで暴力団から覚せい剤や大麻が流れるようになったそうだ。
「これまでの注射式ではなく、『あぶり』というアルミホイルなどであぶって蒸気を吸引する方法が、抵抗なく若者たちに広まっていった。しかも、恐怖感の強い覚せい剤に、若者がとっつきやすい『スピード』とか、『エス』『アイス』などの名前をつけたことも、ファッション感覚で乱用する要因になったようです」
そうして薬物の魔力にとりつかれた若者たち。定期的な乱用を続けるためには多額のお金が必要となり、女の子は風俗の仕事や援助交際でお金を手に入れるのだが、安易にお金を手に入れることのできない男の子は自らが「売人」となって、仲間や後輩に薬物を密売していった。その結果、地域社会や学校内に伝染病のように広がっていったのである。

薬物の誘いに「NO」といえる勇気を

都市部から地方にも広がりつつある中高生の薬物汚染。水谷さんは学校講演も含め年間約300回の講演をこなす。
都市部から地方にも広がりつつある中高生の薬物汚染。水谷さんは学校講演も含め年間約300回の講演をこなす。

多くの人は、薬物は限られた子どもたちの問題と考えがちだ。でも、今やどんな子にも関わる問題だと指摘する水谷さん。
「一般家庭でも子どもに深夜の帰宅、無断外泊が続いたら要注意。薬物を乱用すると、2日間眠らず、その後24時間単位で眠り続けるといった不規則な生活に陥ります。特に覚せい剤は72時間程度効果が続いてギラギラになり、切れた瞬間に鉛にようになって歩けなくなってしまう。また、子どもの部屋にペットボトルが山のように貯まるようになったら薬物使用を疑っていい。覚せい剤は異常にのどが乾き、新しいペットボトルを買う金も、気力も失い、使い古しのボトルに家の水を入れるようになったら、すでに8~10カ月の乱用が考えられます」。「生臭い汗の臭い」といった独特の臭いがするようにもなるそうだ。

この薬物汚染を収束させるために、今、もっとも重要なのは予防教育だといわれる。薬物乱用による精神や身体への影響を子どもたちにきちんと教え、薬物の誘いに「NO」といえる勇気を育てていくことだ。しかし、今の日本には予防教育を展開できる人が、数えるほどしかいないこと、薬物依存に対応できる相談機関がほとんどないのが現状である。
水谷さんは語気を強めてこう語る。
「薬物汚染の実態を多くの方に聴いてほしいと、全国各地で講演を行っても全然広まらないのが現実といっていい。講演を聴いてもらうことで少しでも多くの子を救えるかもしれないが、今の社会を変えることまでが一介の教員である僕のやることなんでしょうか」
日本の将来を担うはずの子どもたち。現在、形だけの薬物相談を行う専門機関、役所、教育委員会、保健所などでの緊急の新たな取り組みが求められている。

後編へ続く

(2003年7月12日インタビュー)

水谷修(みずたに おさむ)

1956年横浜生まれ。上智大学文学部哲学科卒業後、横浜市立上菅田養護学校高等部教諭を経て、横浜市立高校社会科教諭など。現在、横浜市立戸塚高校定時制教諭。2003年1月東京弁護士会第17回人権賞受賞。5月上智大学コムソフィア賞受賞。教師生活のほとんどの時期、生徒指導を担当し、中・高校生の非行・薬物汚染問題に関わっている。特に薬物問題では、若者たちから「夜回り」と呼ばれる深夜の繁華街パトロールを通して、多くの若者たちとふれあい、彼らの非行防止と更正に取り組んでいる。著書に『さらば、哀しみの青春』『さらば哀しみのドラッグ』(高文研)『薬物乱用 今、何を、どう伝えるか』(大修館書店)など多数。

水谷氏は薬物相談で、一人も多くの子や親たちの役に立てばとメールアドレスを公開している。
E-MAIL om@yhb.att.ne.jp
URL http://www.koubunken.co.jp/mizutani/main.html


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