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2004/01/29
一人でも多くの子を幸せに 里親30年、60人の子を育てて


親への支援も大切な役割

もちろん、里親ならではの喜びもある。ある兄妹の母親は、全身の筋肉が次第に固まっていくという難病にかかり入院していた。外出許可をもらって永井家へ子どもたちに会いに来た母親が食事の際に皿から直接食べる姿を見て、兄妹は大きなショックを受けた。「お母さん、大丈夫?」と心配する子どもたちに利夫さんはこう言った。「お母さんの体を良くするのは君たちだよ。お母さんを喜ばせて元気にさせなきゃ」。すると5年生の兄が「僕、勉強がんばって100点とる」と言い、小学2年生の妹が「私はお母さんの似顔絵を描く」と言った。言葉通りに兄は勉強に励み、妹は毎日、利夫さんに画用紙をもらいに来ては母親の似顔絵を描いた。兄妹の姿に励まされて母親はよりいい治療を求めて転院し、劇的に回復。今は子どもたちとともに生活しているという。お弁当をつくっては一日がかりで子どもたちを連れて面会に通った利夫さん・サヨコさんにとっても最高にうれしく、親子の絆の強さを実感した経験だった。
子どもたちをいずれ親元に返す以上、親を支援することも大切な役目である。面会の希望があれば温かく迎え、運動会などのイベントには親の分の弁当もサヨコさんが用意して誘う。「今年はおじいちゃんおばあちゃんの分も用意して呼びました。おじいちゃんは綱引きに参加してましたよ。子どもにはふたつの家庭があると考えているんです。自分たち“お父さんお母さん”、本当のママ、おじいちゃんおばあちゃん。こどもたちも“お母さん”と“ママ”をうまく使い分けてますよ」。母親が帰る時、小さい子は泣く。しかし利夫さんとサヨコさんはむしろ泣くことを歓迎する。「最初は私らに気をつかって泣くのも我慢する子が多いんですよ。“泣いてもいいよ”と言うと、だんだん感情を出すようになってくる。泣くのは悪いことじゃない。喜びも悲しみもすぐ言葉や態度で出せるようにと気をつけています」とサヨコさんは言う。子どもがストレートに親に会えた喜びや別れる悲しみを表現すると、疲労や不安で悲観的な母親も刺激され、子どもへの愛情や前向きな気持ちが出てくる。親子の気持ちが強く結ばれていれば新しい生活も軌道に乗りやすい。里親として、永井さん夫婦が果たしている役割はとても大きい。

動き始めた里親支援制度

本気で叱って抱きしめて ~60人の子どもを育てた里親夫婦~(奥本千絵著 日本放送出版協会・価格1,500円+税)
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すべての子どもは親の温かい愛情に見守られながら育つ権利がある。しかし現実には親の病気や虐待、生活苦などで親と離れて暮らす子どもがいる。そういった子どもたちのために用意されているのが、乳児院や養護施設など児童福祉施設と里親制度である。特に長期不況による生活苦や虐待の増加により多くの施設が飽和状態にあることと、子どもにとっては安定した関係が継続的にあるほうが望ましいということで里親の需要は年々高まっている。一方で里親の登録者数は約7,400人(2001年現在)。これは保護を必要としている子ども約36,000人(同)のわずか6パーセントに過ぎない。しかも登録者数の半数以上が養子縁組を希望しているという。永井さん夫婦のように、親元に返すのを前提に面倒をみようという人が圧倒的に少ないのが現状なのである。
厚生労働省では2002年から里親制度の充実に向けて動き始めた。虐待された子どもを専門に受け入れる専門里親制度や3親等以内の親族による親族里親制度が創設され、里親が子育ての悩みを相談できる養育相談や一時的に子どもを預けて休息できる「レスパイト・ケア」など里親支援事業も各地で始まりつつある。
何らかの心の傷を抱えた子どもをきめ細やかな心配りと愛情のなかで癒そうと奮闘する里親に対し、社会的な支援と共感が必要だ。同時に「一人でも多くの子を幸せに」と願う利夫さん・サヨコさんの子育てに私たちが学ぶべきものも多い。

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