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2009/05/01
「親をモンスターにしてはいけない」


モンスターペアレントとは、「学校に理不尽な要求をねじこんでくる、とんでもない親」を意味する。世に登場すると同時に広がり、ドラマも作られた。しかし、大阪大学大学院人間科学研究科教授の小野田正利さんは、「親はモンスターじゃない!」「モンスターという言葉を使ってはいけない」と主張する。その真意と提言をうかがった。

親を「モンスター」にしてはいけない 保護者と教師が今こそつながるために必要なこと 大阪大学大学院人間科学研究所 教育制度学研究室 小野田正利さん


レッテル貼りは人格否定、行為や行動で判断すべき

--小野田さんは、「モンスターペアレント」という言葉を使うことをやめるよう、繰り返し主張されていますね。それはなぜでしょうか?

2007年に一人の学者がこの言葉を使ったのをきっかけに、爆発的に広がりました。学校関係者にこの言葉を使ってはいけないという理由は2つあります。ひとつは、教師が保護者を「モンスターペアレント」だと決めつければ、態度やしぐさを通して必ず保護者に伝わります。するとまともな要求をしている保護者は不信感をもち、態度を硬化させてしまいます。これでは学校と保護者の間で起きた問題解決や関係改善などできるわけがありません。
もうひとつは、学校や教師の側にも反省点や改善しなければならないところがあったにも関わらず、親御さんを「モンスターペアレント」と決めつけることによってまったく無反省になることです。仮に90%無理な要求だったとしても、10%は学校の側に反省すべき点があるかもしれない。そのことに気付かなくなる怖さがあります。
モンスターとは化け物です。人に「モンスター」とレッテル貼りするのは、人格否定であり、思考停止なのです。

--一方で、学校と保護者の間にさまざまな軋轢が生じているのは事実であるとして、「イチャモン問題」と名付けて研究されていますね。

「いちゃもん」とは、広辞苑に「文句を言うために無理に作った言いがかり」とあります。つまり、人の行為や行動を指しているのです。ある行動や言い回しが相手には言いがかりのように受け取られることがある。それはなぜなのか、正当な要求や要望とはどこが違うのかを考え、問題の解決や関係改善をしていこうという考え方です。そうした行動をする人の人格や人間性を否定することではありません。片仮名で表現しているのはアピールするためです(笑)。

--そのイチャモン問題が1990年代後半ぐらいから表面化してきたと指摘されています。なぜなのでしょうか。

小野田さん いくつかの要素があると思います。ひとつは、「学校には学校の文化がある、親も子も学校の決めたことに従うべきだ」という文化が長くあったことです。1980年代には校内暴力という形で子どもたちが反乱を起こしましたが、保護者が反乱を起こすことはなかった。それは保護者同士の横のつながりがあったからです。たとえば「担任を交代させてくれ」といった要求は70年代後半ごろから都市部ではあったと聞いています。けれど行き過ぎた要求には、他の保護者が「あんた、そこまで言うもんじゃないよ」と横から袖を引っ張るという関係があったんです。一方で、保護者たちの不満や要求をPTAの役員さんたちがまとめて、校長に伝えて内々で収めるということもあった。それがベストかどうかは別にして、親の不満や要求を学校に伝える方法がそれなりにあったということです。ところが、次第にそうした横のつながりが薄れてきました。
次に、教育に対する価値観の変化です。80年代半ばから公立学校の選択制が議論されるようになりましたが、その背景にあるのが企業でいうところの「顧客満足主義」です。どの学校で、どんな教育を受けるかは子どもとその親が決めるべきだと。学校は「選ばれる側」となり、子どもや保護者に満足してもらうための努力を求められることになりました。その頃から保護者自身が学校に対して強くものを言えるようになったのです。さらに最近は携帯電話やメールの普及によって、匿名で、簡単に決定的な打撃を相手に加えることができるようになりました。
この20年あまりの間に、「お金」という価値観が急速に高まり、同時に「時間」に対する苛立ちが増してきたのも要因のひとつだと思います。消費者としての意識が向上するのは決して悪いことではないのですが、何が何でもお金を払う側が強いということではありませんよね。
また、急いでいるわけでもないのにスーパーのレジや駅の券売機が混んでいるとイライラすることがありませんか? さらに名札に「実習生」とあると、「なんで実習生がレジ係なんだ!」とむかっ腹が立つ。自分の都合で時間をかけるのは平気なのに、相手の都合やその場の事情で待たされたりするのは許せない。時間や他人に対する寛容さが失われているんです。
同じような空気が学校にあります。大学を出たばかりの先生にもベテランの先生と同じことを求める。非常勤の先生が担任に決まると、顔も合わせないうちに排斥運動が始まる。保護者たちに「時間をかけて見守る」という余裕がなくなっています。
しかし私は、「だから保護者が悪い」と言いたいのではありません。このご時世ですから、保護者自身が職場で厳しい要求を出されていたり、生活の不安を抱えていたりすることも珍しくありません。特に母親は、社会や家族から「母親なんだからしっかり子どもを育てろ」という強いプレッシャーを受けています。子どもの勉強が遅れたりケガをさせたりすれば自分が非難されるわけです。そんな状況でゆったり構えていられないのも無理はありません。

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