ふらっとNOW

ジェンダー

一覧ページへ

2003/11/07
リストラは「組織の殻を脱ぐ」それだけのこと


男の美学が崩壊するとき

吉岡俊介さん ところが"変化"は夫婦の想像以上に早く、しかも突然にやってきた。ある社内トラブルで俊介さんの立場が危うくなった。
「企業は減点主義でしょう。トラブルを起こした僕に誰もかかわろうとしないし、味方になってくれる人もいない。とても孤独でしたね」
暗に"身を引け"という重圧がかかってくる。お前の居場所はもうないのだと、周囲が無言のうちに語っている。一週間、悶々と悩み続けた。辞めるべきか、それとも自分の権利を主張して社内に留まるべきなのか。
「結局ね、そのときに僕を促したのは"辞めさせられる前に辞めてしまえ"という突っ走り方でした。首を切られるより、切腹を潔しとする、武士の美学のようなものかなぁ」
あくまでも男らしく、颯爽と職場を去る、という選択。
「けっこう自分に酔ってましたね(笑)」
自宅に帰ると、まず美奈子さんに辞表を出すことを告げた。妻は静かに彼の選択を受け止め、「わかった。でも、娘にはあなたから言って」と夫を促した。
辞表をたたきつける、という男らしさの勢いにのって、父親の威厳を示すように、娘に語った。
「お父さんは会社を辞める。これからは生活が変わるから、おまえもしっかりするように・・・」。
しかし、娘は思いのほか強い口調で父に怒鳴り返した。
「お父さんのバカ!」
すべてが途切れた。涙がぽろぽろとあふれてとまらない。フローリング床に涙だまりができるほどに、父は泣いた。止めようとしても、止まらない。鎧のように自らを守ってきた「男らしさ」がひび割れて、その間からぼたぼたと涙が落ちていく。
やがて落ち着きを取り戻した娘が、ぽつりと言った。
「お父さん、少しは退職金も出て余裕があるんでしょ。だったら働かないで、しばらく側にいてよ」。

悪夢のはじまり、そして鬱の日々

吉岡俊介さん・美奈子さん 夫が、父が仕事を失う。それは「男女役割分業家庭」である吉岡家には大激震だった。
「そりゃぁ仕事を辞めると聞かされた時は、あせりました。彼の収入に"おんぶにだっこ"の一家は明日から生活費がなくなる、ということでしょう。わかった、私が養ってあげる!って言えないんだもの」
リストラが離婚につながるケースが近年増えている。仕事を失い、自信喪失した夫への失望、「誰に食べさせてもらっている」という心ない言葉に傷ついてきた家族が夫を、父を見捨てていく。家族を養う強い夫、父親の価値崩壊が家族崩壊の引き金になってしまう。
吉岡家では、家族よりむしろ俊介さん自身に瓦解が発生した。
「仕事を辞めて一ヶ月間、ほんとうに同じ夢ばかり見ました」
ネクタイを締めて会社に行く。すると"何しに来た、おまえの席はもうない"と言われ、すみません、すみません、とひたすら謝っている。
眠ると、繰り返し、繰り返し、同じ夢を見る。夢を見るのがいやで、座ったまま仮眠をとる日々が続いた。
これまで積み重ねてきたもの、評価、能力がすべて無価値で、自分自身が存在価値のない人間のようにさえ思えてくる。日常も億劫(おっくう)になって、気力も湧いてこない。何も手につかず、ぼんやり、鬱々としたまま日が暮れていく。そんな日々が続いた。
パートナーである美奈子さんは、そんな俊介さんを静かに見守り続けた。責めることも、今後の経済的な不安を訴えることも、しなかった。
「だって、震源地は私なんだもの」。
もし、自分が従順な妻のままでいたなら、彼につまらない影響をあたえなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。「好きなことをして生きてほしい」と言いながら、実際、そうなる機会が訪れたときに逃げ出すわけにはいかない。責任の一端は自分にもある。美奈子さんもまた、あらためて吉岡俊介という人間と出会い直し、向き合った。

関連キーワード:

一覧ページへ