なにもかもが、生かされて
絵を描くことで、俊介さんは会社という縛りを解き、広い世界に翼を広げはじめた。 それまで美奈子さんがさりげなくテーブルの上に置いていた市民活動のチラシやパンフレットには、さして関心を示さなかった俊介さんが、メンズセンターの活動に参加するようになり、美奈子さんが立ち上げていた市民グループ「おはなしくれよん」をNPOとして申請する。このとき、申請書の煩雑な手続きは、すべて俊介さんが引き受けた。会社時代の書類処理能力が生かされた。 「どうして仕事ばかりの人生なの?」「市民活動じゃ生きていけないだろう」・・・相手を認めながらも、どこかで感じていた違和感が、実はそれぞれに必要なキャリアと実績だった。 22年間、ひとつ屋根の下で暮らしながら薄皮一枚のところで歩んでいた別々の道が、ようやくひとつになった。
よしおかとしみのこれから
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「ちきゅうをまもろう!」よしおかとしみ・作 |
いま「絵本作家 よしおかとしみ」は、多忙な日々を送っている。講演会、新作『なみだ』の出版、NPO「おはなしくれよん」も育てていかなくてはならない。仕事も、神戸市の環境絵本や芦屋市から男女共同参画センター情報誌「エメラルド」の表紙絵を受けることになった。生まれたばかりのよしおかとしみは、それでも、よちよちと歩きはじめている。 「収入の面から言えば、決して人にえらそうに言える状態ではありません。でも、企業社会の価値観だけが優れているわけではない、ということもわかりました。会社以外のところにある人との出会いが人生を豊かにしてくれると思う」 仕事は決して嫌いではなかった、という俊介さん。 「というより、人が好きなんですね。でも、そういう感情は企業社会では出世の妨げになるんです」 会社を辞めて、人との出会いがひろがった。企業人の殻を脱いでも培ってきたスキルは思っていた以上に、手元に残っていた。仕事を離れて子どもの頃にかえってみると、本当に好きなことが見えてきた。 リストラは企業人として否定されることに他ならない。でも、それは人間の否定ではないし、本来の才能や能力が否定されることでもない。 「僕に、そうしたことを教えてくれたのはこの人なんです」。 俊介さんは、"自由人"のおだやかな表情で隣に座る美奈子さんのことを語った。 ところで、美奈子さんは夫との価値観のちがいに失望したことはなかったのだろうか。 「それは・・・いつかきっと分かってくれると信じていました。それだけは、信じてた。」 美奈子さんの表情も安心と幸福に満ちていた。 やっと、2人で歩いているという実感と充実感を手に入れた「よしおかとしみ」。リストラという危機が、夫婦、親子の絆を強く結び直し、新しい創作の可能性を生み出した。
本の紹介
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なみだ
作・絵 よしおかとしみ
新風社 1,200円+消費税
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