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2003/11/07
リストラは「組織の殻を脱ぐ」それだけのこと


リストラは「組織の殻を脱ぐ」それだけのこと ~絵本作家 よしおかとしみがうまれるまで~ 絵本作家 よしおかとしみさん

「もう、僕の全人格を否定されたようで」。絵本作家、よしおかとしみさんのひとり、吉岡俊介さん(48)はリストラ退職以降の日々を、そう語った。「よしおかとしみ」とは、元大手企業サラリーマンの夫、俊介さんと、「おはなしおばさん」として市民活動を続けてきた美奈子さん夫妻のペンネームだ。ふたりは、エラリー・クイーンのように、ひとつのペンネームで絵本作品を共同制作している。
きっかけは、俊介さんのリストラだった。

典型的な「役割分業夫婦」だった

吉岡俊介さん 3年前まで、吉岡家は、まさによくある転勤族一家だった。夫は大手企業の中堅サラリーマン、妻は専業主婦。2人は社内恋愛で結ばれ、当時の慣例により妻が寿退社。その後一児をもうけ、一家は夫の転勤にともなってさまざまな街に移り住む。「夫は仕事、妻は家事育児」という典型的な役割分業夫婦だった。
リストラ直前の俊介さんは大手企業の中枢で50人以上の部下を従え、残業をもろともせず、部署を統括しつつ部下の成長を見守る上司だった。
「理想は西部警察の大門警部(笑)。そういう世代なんですよ。男は黙って耐えて軍団を統率し、部下の愚痴なんかも聞いてやって、力を合わせて頑張ろう!みたいな、ね」。体育会のノリで、決して弱音を吐かない、男らしさが企業人らしさだった。俊介さんも、いつの間にか休日も仕事が気になって出社してしまう、という「企業人らしさ」をその身にまとうようになっていた。
しかし周囲の目には決して悪い父、夫ではなかった。子どもの学校行事にはきちんと参加したし、妻とは時々、共通の趣味である音楽のミニコンサートを開くなど、家族のための時間を全く持たなかったわけではない。しかし、ふりかえると、それらのことは「夫、父としての義務」を遂行するために「わざわざ仕事の時間を割いて都合をつけた」に過ぎない、と俊介さんは言う。
いつの間にか、家族の行事も、目的があるからこなしていく、そんな感覚になってしまっていた。
かつて同僚だった美奈子さんは、夫の仕事のことはよく理解しているつもりだった。それでも、中堅社員へと昇進の階段を上っていくたびに夫が自分や子どもから離れていくような寂しさは否めない。
吉岡美奈子さん「出世なんてしなくてもいいから、もっと自分を大切にしてほしかった。でも、それって車輪を西と東に進めて前に行け、というようなことだって、今はそう思います。だって、組織の中にいると"そうしなくちゃならない"んだもの」。
夫が仕事に埋没していく中、妻は市民活動というライフワークをみつけた。絵本の読みきかせを出発点に女性問題、環境、人権問題を学び、視野のひろがりとともに両親によって育まれた価値観とは異なった生き方があることに気付いていく。
やがて家庭内には、あきらかに「ふたつの価値」が存在するようになった。どうしようもなく組織に巻き込まれていく夫と、社会のシステムそのものに疑問を抱きはじめた妻。夫婦は、お互いの価値観を少しづつ認識しながら、ちがいを認めあいながらどうにかこうにか、家族のかたちを維持してきた。
「わたし、ちっとも夫に従順な妻じゃなかったんです。彼には仕事より自分を大切にしてほしかった。どうしてそんなに仕事にのめり込むの? 仕事は生活のためでいいじゃない、誰にどう言われたって定時退社したらいいじゃない、って」。
夫の経済力の上に成り立っている市民活動に、美奈子さん自身も矛盾を感じていた。しかし、気付いてしまった価値から逃げることはできない。機会をみつけては企業人以外の生き方もある、もっと豊かに生きよう、と夫にメッセージを送り続けてきた。
そして、こうした激務はいつまでも続かない。やがて出向かなにかのかたちで、もっと時間にゆとりを持つことができるだろう。夫婦は、ゆっくりと現状に変化が訪れると思っていた。

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