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性暴力は魂の殺人だ

2012/08/23


「?悲しくて悔しくてこらえきれない この涙がいつかきっとまた 立ち上がり前を向き歩き出す時 新しい自分に出会えるはず......」
 アコースティックデュオ「PANSAKU(パンサク)」の優しく温かい、それでいて力強いハーモニーは、聴く人の心に熱く響く。この曲『STAND』はPANSAKUの"ぱん"こと山本恵子さんが、自身のレイプ被害の体験をもとに作詞作曲したもので、パートナーの"サク"さんとともに音楽を通して性暴力被害者の支援活動を行っている。同時に、産婦人科医として性暴力被害の実態を広めるために地道な講演活動を続けているのが、日本初の「性暴力救援センター・大阪(SACHICO)」代表・加藤治子さんである。

性暴力は魂の殺人だ

死の恐怖から声を出せなかった

 8年前のこと、24歳の夏だった。当時、知的障がい者施設で自立支援スタッフとしてパン作りの指導にあたっていた山本さんは、その日も仕事を終え、以前から続けている音楽活動の練習場へ向かった。練習が終わったのが午前1時。くたくたになった身体で愛車に乗り帰路についたが、あまりの疲労感から眠気におそわれてしまったという。居眠り運転をしてはいけないと、自宅まで5分ばかりのいつも立ち寄るコンビニの駐車場で一休みすることにした。

 そこで、「フッ~!」と一息ついて、目を閉じて数分、「バタン!」と助手席のドアが閉まる音に驚いて目を開けると、その瞬間、そっと乗り込んできていた見知らぬ男性に首を絞められ口をふさがれた。「殺すぞ!」。あっという間の出来事で、何がなんだか分からなかった。

「余りの恐怖に頭が真っ白になってしまいました。逃げようと思っても自分の身体なのに上手く動かない、声を出すこともできなかった。お腹を殴られ、もう殺されると、死の恐怖から私の人生はこれで終わっちゃうと思いました」
 男は後部座席に移り、腕で首を締め上げたまま、お金を奪い、車を出すように指示した。Tシャツにジーパン姿のどこにでもいそうな若い男である。

「自分がどうしちゃったんだろう、これは夢かもしれないと思った。抵抗もできず、犯人に言われるがまま車を走らせるしかありませんでした」

 人気のない場所で停車させられ、車内でおぞましいレイプ被害に遭ってしまった......。自分の欲求さえ満たせればいいといったふうに手慣れた感じの犯人は、何事もなかったように歩いて立ち去った。犯人は今もまだ逮捕されていない。

二次被害、三次被害へ

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「車に取り残された私は身体がバラバラになってしまいそうでした。全身の痛みと絶望感でパニックになり、混乱状態で動けず、ずっとぼんやりしていた。『命は助かったけれど、なぜ生きてるんだろう』と自分に問いかけながら......。みすぼらしい、こんな惨めな姿をだれにも見せられない。どうしたらいいんだろうという思いだけが頭の中でグルグルと駆け巡りました......」

 自尊心を奪う、魂の殺人だといわれる性暴力。
「生きているけれど、自分の中の大切なものが奪われてしまった、自分の存在が消えてしまった感覚でした」

 その時、あまりの混乱状態で心の「かい離」が起きたという。急に頭のスイッチが切り替わって痛みも悲しみも消え、人形のようになった山本さんは、車に投げ散らかされた衣服を集め、幼い頃から「何かあったら110番」と教えられた通り、自分で運転して近くの交番に向かったのだ。

 豊橋警察署では薄暗い取調室に通され、入れ替わり入ってくる数人の男性警察官に、「何があったの?」と同じ質問をされ、それでも山本さんは取り乱すことなく、悲惨な経験をくり返し語った。一通りの事情聴取を終えると、次は証拠採取のため産婦人科へ。

 「男性医師は、数時間前にレイプされた私の身体に許可もなく触れ、一般の妊婦を扱うような手慣れた手つきで、私の身体から犯人の証拠採取をした。まったく配慮のない対応で、被害と同じぐらいのトラウマになってしまった」と振り返る。

 警察での取り調べはその後も延々続き、翌朝には被害に遭ったままの服装で被害現場に案内させられ、写真を撮られた。車中での再現見聞では、男性警察官を犯人役に、再現被害者役を昨夜被害に遭ったばかりの山本さん自身がやらされたそうである。

「被害者への配慮よりも犯人逮捕が前提という警察の感覚は、今は変わってきたかもしれないけれど、被害者を第一に考えるかどうかのウエイトは被害者のその後の人生に大きく影響する」と語る。

 現在は、再現見聞ではダミー人形を使い、犯人役は女性警察官が行うらしい。また、警察へ通報するかどうかも自分で選択でき、取り調べには被害者支援担当の同性警察官が付き添ってくれるようだが、当時は性犯罪サポートセンターへの通報なども含め、何のサポートもなかった。しかも、警察という大きな権力の中で、自尊心を奪われ冷静な判断力を欠いた状態のまま、どんな質問にもノーと言うことなく答えざるを得なかったという。