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2004/03/03
仕事をつくって自立を支援~ホームレス自立支援の新しい試み~


トラック一杯の否定材料

水越洋子さん「この出版不況の時代に、広告なんて取れないよ」「フリーペーパーがあふれているのに、有料で、しかもホームレスの人が売る雑誌が売れるとは思えない」「今の若い人は活字なんか読まないよ」などなど、水越さんの決意を知った友人たちやマスコミの反応は悲観的だった。「否定材料はトラック一杯あるっていう感じでしたねえ」と水越さん。「あんまり言われるから、私も内心は不安でした。だけど自分の若い頃を思い返しても、本を読まないとか政治に関心がないなどと年配の人が決めつけるほど、若者は一面的じゃないと思ったんです」。蓋を開けてみると、さまざまな意見を投稿してくるのは圧倒的に若い読者たちが多い。「それが嬉しかったですね」と顔をほころばせる。

音楽を語るように政治を語ろう

どんな雑誌を目指しているのだろうか。「創刊するにあたって、まず雑誌をたくさん買い込んで目を通してみました。すると、エンターテイメントに力を入れている若者向けの雑誌はいろいろあるのですが、若い人たちの意見を載せたり社会問題をきちんと発信しているオピニオン雑誌はないように感じました。そこで、ちょっと冒険ではあるけれど、ハードな記事も載せよう、音楽のことを語るように政治のことも語れる雑誌にしよう、と決めました」。創刊2号の投稿欄には早速、「この雑誌を読んだのをきっかけに、社会的な問題を考えていきたい」「働く母親に対するまなざしが冷たすぎる」「若者の就労問題をもっと取り上げて」という意見が並んだ。こうした声を積極的に記事づくりに取り上げていく予定である。

ホームレスはビジネスパートナー

ビッグイシューの販売員 販売するホームレスの人たちは、『ビッグイシュー』をどう受け止めたのだろうか。水越さんたちは長年、釜ケ崎で支援活動をしている釜ヶ崎支援機構の協力を得て、販売員を募集し、説明会を開いた。その席上、「こんな本が売れるのか!」と怒鳴り、詰め寄ってきた人がいた。「それはわかりません」と答えるしかなかった。「ただ、私たちも借金というリスクを負いながらやっている。雇う・雇われるという関係ではなく、ビジネスパートナーとしてともに利益をあげていきたいと考えています」。
『ビッグイシュー』の定価は200円。販売員として登録すると、まず10冊を無料で受け取れる。その売り上げ2,000円を元手に、以後は90円で仕入れる。つまり110円が販売員の取り分となる計算だ。ノルマも目標もなく、自分が売れると思った分だけ仕入れればいい。ただし、販売員としてのルールはある。割り当てられた場所で販売する、攻撃的・脅迫的な言動をしない、酔った状態で販売しない、などである。

IDカードを身につける理由

また、全員が顔写真入りのID(身分証明)カードを身につける。身分証明書をつけて売るということに水越さん自身は抵抗も感じたが、「ビッグイシューの販売員であるという自覚をもってほしい」と踏み切った。創設者の言葉も心に響いた。「家も仕事もないということは、自分の存在を記録する場所がないということ。どこの誰であると名乗れないのはつらいことなんだよと言われたんですね。なるほどと思いました。だからビッグイシューの販売員であるということが、とりあえずのアイデンティティーになれば、と考えています」。さらに、編集部の連絡先が書いてあるIDカードは販売員自身を守るものでもある。今のところ大きなトラブルは起きていないが、現金をもった販売員が狙われることもあり得ない話ではない。「駅やオフィス街で売るというのはよく売れるというだけでなく、(常に大勢の人目にさらされている)彼ら自身の身を守るという側面もあるんです」という水越さんの言葉に、改めてホームレスの人たちの立場を思い知らされる。

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