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多民族共生

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2005/01/14
フォトジャーナリスト 大石芳野さん 戦乱を生き抜く人々、その変わりゆく暮らしを写す


2004年秋、都内ギャラリーで大石芳野写真展「戦禍 子ども」が開かれた。展示されたのは、戦禍を生き抜く4カ国(カンボジア、ベトナム、コソボ、アフガニスタン)の子どもを中心にした白黒写真約40点だ。「戦禍に喘ぎながらも悲しみや絶望を押し殺し、懸命に生きている子どもたちの写真の一人ひとりと対峙し、想像力を膨らませてもらえたら」と語る大石芳野さん。ベトナム戦争以来、40年近くもの間、戦争の惨劇に遭った地域と人々のその後の姿をカメラとペンで記録し続けている女性写真家である。

戦乱を生き抜く人々、その変わりゆく暮らしを写す。フォトジャーナリスト大石芳野さん。

1966年、学生時代に訪れた初めての外国がベトナムだった。降り立った地にも人々の心にも戦争の影が充満する緊迫した状況。現地で出会った大学生たちに「何か私に手伝えることは?」と尋ねたところ、「あなたは平和な日本できちんと生きてほしい。それが結局は我々のためになるんだ」と言われた。アメリカ軍が手伝いと称してベトナムに進行し、戦争が泥沼化していた頃のこと。大石さんは、その言葉に強い衝撃を受けるとともに、そうした現実を考慮できなかった自分を非常に恥じたという。
「かつて日本も経験した戦争。戦後、作り上げてきた平和を守り育て、海の向こうのことを考えながら仕事をきちんとしていくことがいかに大事かを思い知らされました」
この時のショックが人生の指針となった。大学卒業後、写真の仕事を選んだものの、日本で女性が始めるには難しかった時代。厳しい男社会に飛び込みくじけそうになった時にも、この言葉が支えになり、なんとか仕事をこなすことができた。

 

真実はすぐには見えない。

「戦争と平和について考えるようになったのは、やはりベトナム戦争とポル・ポトのカンボジア大虐殺があってから、それが大きいですね。当初はコマーシャル写真、ポートレート写真などといろんな仕事をしましたが、徐々にルポルタージュの比重が大きくなって、戦争や内乱を経験した国々を訪ねてそこに生きる人々を撮るようになりました」
国内で仕事をしてお金が貯まると取材旅行に出た。戦争の後遺症が残るベトナムに1981年以来、返還後の沖縄には1972年以来、今も通い続けている。ほかにアフガニスタン、西アフリカ、コソボなど。そして、今年はやっとラオスにも──。こだわるのは戦争後の変わりゆく人々の暮らし。現地では時間をじっくりかけて人々と話し込んでいく作業である。
「人間の抱えている問題の深さには時間とともにじわじわと表に出てくるものがあるし、その時取材する側の人間に見えなかったことが時間を置くことで見えてくるものもある。やはり真実って、すぐには見えないものが多いんです。それには現場に何度も通い、時間をかけて、いろんな人たちと会っていくことで、真実に近づくことができるかなと思っていますので」
シャッターを押す時に考えるのは、現場の状況の何を伝えたいかということ。ただし、顔写真1枚にも、つきあいが深くなるほど相手から感じるものが出やすいかといえば、なかなかそうはいかない場合や、慣れたことで親しみ深い表情になり、それがいい場合も邪魔な場合もあるそうだ。被写体にも時には相性があるという。

 

写真に共生への願いをこめて。

「私の仕事は、世の中で起こっているほんの一部ですが、現実を伝えていくこと」。取材をしていておかしいと思ったことを伝えて一緒に考てもらいたいのだと話す。
ベトナム(2001)「たとえばベトナム戦争が終わってからの人々が復興、変化していく姿を伝えること。それは、私たち日本人もかつて同じ経験をしたけれども、一方では戦争が終わって平和になり、もう一方ではまだ戦争を引きずってる国がある。そういうことを知ってもらい、写真を見て想像力をふくらまし、写真の向こうの相手と対話してもらえればいいなと思うのです」
写真展を開くたびに感じるのは、会場まで足を運び、海外で起きている現実を真摯に受け止めて、しっかりと写真を読み、想像力を膨らませてくれている人が多いという事実。たとえ写真の向こうの人にまで思いを馳せられなくても、「自分に置き換えてみてほしい」と大石さんは語りかける。
「今、日本で戦争はないけれど、災害や事件などいろいろと心に傷をもった人は多いはず。遠い国の人たちのこととしてではなく、そうした日本の状況が抱える影の部分を同じ人間として重ねてもらえれば。そして、その同じ時代に生きている人たちが一方では悲惨な目に遭っているということを考え、同じ人間として共有してもらえればいいなと思います」
さまざまな人々が共生する地球。日本は海に囲まれ日本語だけで生活できる国であっても、私たちの暮らしはどれだけ多くの外国食品や製品によって支えられ成り立っていることか。スーパーマーケットで日本製品だけを残したら、ほとんどの売場が空になったしまうほどである。それほど外国とのつながりがより深くなっている今だからこそ、海の向こうで何が起きているかをきちんと把握しながら生きる時代だというのだ。
「日本に来る外国人も、海外に出る日本人も多くなり、テロや戦争にしても人事じゃないし、もう遠い海の向こうのことでは通用しない時代になって久しい。たとえ、戦争を体験をしなくても自分を重ね合わせて、その痛みが分かる人間であってほしいと思うんです」

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