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特集



パワーアシストが社会を変える 和歌山大学特任教授 八木栄一さん

2015/01/15


国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議では毎年様々な切り口で人権をテーマにした「プレ講座」を開講している。2014年度のテーマは「未来社会と人権」。連続講座の様子を報告する。

パワーアシストが社会を変える 和歌山大学特任教授/名誉教授/博士(工学) 八木栄一さん

日本では今、国をあげてロボット技術の開発研究に取り組んでいる。和歌山大学では農作業の肉体的負担を軽減するパワーアシストスーツの開発が進められてきた。少子高齢化に伴う労働人口の減少に歯止めはかけられるのか。パワーアシストの課題と可能性をきいた。

1000万人以上の腰痛人口をフォローする

 パワーアシストとは「力を支援する」という意味です。私が研究開発を進めているパワーアシストスーツは、装着した人に力をアシストするロボットです。近年、実用化に向けてさまざまな大学で盛んに研究されていますが、私は農業立県である和歌山県にある和歌山大学に所属していることもあり、農業分野でのパワーアシストに特化して研究を進めてきました。

 日本でロボット開発が活発化する背景にはいくつかの要因があります。まずは少子高齢化による労働人口の減少です。高齢者が増える一方で若い人が減り、今後さまざまな分野で人手不足が生じることはあきらかです。農業では2011年度の農業就業者260万人のうち、65歳以上が6割を超えており、耕作放棄地が年々増えている現状があります。今後はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に対応した国内農業の競争力強化にも力を入れていく必要があります。政府は食料自給率を39%(カロリーベース・2011年度)から2020年度には50%にまで上げる目標を掲げています。農業分野における有効な対策が急がれています。そのためには高齢になった人に少しでも長く働いていただくこと、同時に女性や力の弱い人にも働いてもらえるようにすることが必要です。パワーアシストスーツはどちらにも有効です。

 また、介護における肉体的負担も大きな課題です。2012年、経済産業省と厚生労働省はロボット技術の介護利用を重点支援分野に指定しました。こちらも早急な実用化が求められています。

 農業も介護も、従事する人に大きな肉体的負担がかかります。特に腰痛は従事者の高齢化とともに大きな問題です。現在、国内の腰痛人口は1000万人以上で、多くの人が腰痛対策機器の購入を希望しています。腰痛防止機器としては負担を多少軽減できる腰部保護ベルトのみという現状からみて、腰への負担が大幅に軽減できるパワーアシストスーツの需要は大きいといえます。

電動アシスト自転車並みの普及を目指して

 パワーアシストスーツ開発の歴史は1960年代に遡ります。アメリカのGE社が初めてつくったのは油圧式で680kgありました。その後、カリフォルニア大学やハーバード大学などが軍用や歩行リハビリ用として研究、開発を進めてきました。日本国内では筑波大学が歩行リハビリ用として電動下肢アシストを、東京理科大学が空気圧式人工ゴム筋肉を用いた腰アシストを開発、北海道大学や立命館大学もそれぞれ開発してきました。なかでも筑波大学のHALはリハビリ病院に400台ほどが導入されるなど実用化されています。

 しかし東京理科大学のマッスルスーツや北海道大学のスマートスーツは動作時間や素材などに課題があり、スピードやアシスト力が求められる現場では使いづらいと考えられます。。またメーカーでも研究開発が進められていますが、こちらも同様の課題があります。

 和歌山大学でもやはり同様な課題に取り組んできました。開発を始めた当初は肩や肘、膝などほぼ全身を網羅するアシストにも取り組みましたが、農業では何といっても腰への負担が大きいため、現在は腰のアシストに絞り込んでいます。みかん農家などの協力を得て、作業内容を調査、分析しました。その結果、収穫した農作物を持ち上げる時の「持ち上げ支援」、収穫や選別などで中腰になる時の「中腰支援」、収穫物を運ぶ時の「歩行支援」の必要性が高いことがわかりました。この3つの支援は介護作業にも共通します。

 開発は軽量化とスムーズなアシストという2つの課題との闘いです。初めてのパワーアシストスーツは全身のアシストに取り組んだこともあり、重量が40kgにもなりました。アシストする部位を絞り込み、フレームをジェラルミンからカーボン(炭素)繊維強化プラスチック(樹脂)に変えるなどして軽量化を進めています。現在はフレームが6.2kg、バッテリーが0.8kgで約7kgまで軽量化しました。さらにモーターなどを軽くする工夫をして6~5kgにしたいと考えています。目標は使う人の体重の1割以下の重さです。

和歌山から日本を元気に

 同時にスムーズなアシストが重要です。人間が動こうとする方向に遅れることなくアシストしなければ意味がありません。また、工場内での作業と違い、農作業は自然環境のなかでさまざまな姿勢やスピーディさが求められます。従来のパワーアシストスーツは姿勢の維持や通常のしゃがみこみ姿勢をアシストすることはできても、極端なしゃがみこみ等のさまざまな姿勢や素早さに対応することができませんでした。しかし農業でのパワーアシストスーツの実用化においては避けることのできない課題です。試行錯誤の結果、私たちはジョイントが空回りする受動回転軸を設けることで人間の動きに合わせて動ける仕組みを作りました。軽量化と受動回転軸によって、厳しい姿勢に対して人間の動きを邪魔せず、確実にアシストできるパワーアシストスーツが誕生したのです。

 まだまだ課題は残っています。さらなる軽量化とコストの問題です。2010年度以降、農林水産省から委託研究プロジェクトとして研究費が出ており、現在は実証試験による改良を進めています。同時に安全性の評価実験と基準作成をおこなっています。2015年度には商品化に向けて量産試作機の開発をおこないます。

 2016年度に農業用として販売を開始し、100万円で100台の売上げを目指します。10年後には10~20万円で100万台規模という現在の電動アシスト自転車並みの値段と普及を目指しています。みかん農家での実証試験では「かなり実用的で、作業の負担が全然違う」「しっかりと腰を支えてくれるので安心して作業できる」というコメントをいただいています。農業での実績を積み、将来的には介護や工場での荷役運搬作業、建設業など多様な現場で人間をアシストしてくれるでしょう。「和歌山から日本を元気に!」を合言葉に、実用化に向けてがんばっていきたいと思います。


●和歌山大学ロボティクス研究室

●国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議
同会議では2002年から様々な人権課題をテーマに「プレ講座」を開講している。今年度のテーマは「未来社会と人権」。「ケアラー(介護者)学入門」「ビッグデータ時代のプライバシー保護」「パワーアシストが社会を変える」「LGBT 働くことといきること」「出生前診断について考える」をテーマに5回連続で講座がひらかれた。