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障害者差別解消法・改正障害者雇用促進法施行 2年目の課題 立命館大学生存学研究センター 客員研究員 金政玉

2017/10/31


国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議では毎年様々な切り口で人権をテーマにした「プレ講座」を開講している。2017年度のプレ講座では、「部落差別解消推進法」と「障害者差別解消法」に焦点を当て、研究者や当事者に講義していただく。連続講座の様子を報告する。

障害者差別解消法・改正障害者雇用促進法施行 2年目の課題 立命館大学生存学研究センター 客員研究員 金政玉さん

障害者差別解消法と改正障害者雇用促進法が施行(2016年4月)されてから1年が経過しました。「生きた法律」にするために、今後どのような取り組みが求められるのでしょうか。DPI(障害者インターナショナル)日本会議障害者権利擁護センターを経て、現在は明石市障害者施策専門職として勤務する金 政玉(きむ・じょんおく)さんに、2つの法律の施行までの経過と見えてきた課題をお話しいただきました。

「医学モデル」から「社会モデル」へ

 まず、前提として、障害者の状況、特に統計上の主な状況をお知らせします。

 毎年内閣府がつくっている2014年の障害者白書によると、現在、身体、知的、精神障害者の総数が約788万人で、特に注目していただきたいのは、未だに入所施設または精神科病院に入院している人たちが非常に多いことです。統計上、その総数としては約52万人となっています。うち、知的障害者でいえば施設入所者は約12万人で、知的障害者(74万人)の16%にのぼります。精神障害者はといえば、総数で320万人で、うち精神科病院には長期入院も含めて約32万3千人います。精神障害者の総数のうち、約10%の人が入院していることになります。この「32万人」という入院者の数は、国際的には群を抜いて多いといわれています。

   障害のある人の心身の機能の損傷や欠損に着目し、リハビリや医療的な治療などによって少しでも障害を回復させる。そうやって「社会に適応させていく」という考え方を「医学モデル」といいます。しかし障害者権利条約を契機に、その価値観を大きく変えていこうとする流れが出てきました。本人と社会の環境との相互作用のなかで「障害」をとらえなおす。つまり、環境の問題を第一に考えなければならないとする「社会モデル」の誕生です。日本も批准している障害者権利条約を通じて、社会モデルという発想が法制度のなかでも着実に広がってきたことは確かでしょう。

「差別の解消」が初めて法律の名称に

 それでは、障害者差別解消法と、改正障害者雇用促進法の成立の経過、さらにその後の動きをご紹介します。

 2006年、国連総会において障害者権利条約が全会一致で採択されました。当初、日本の動きは鈍かったのですが、2009年の政権交代をきっかけに障害者制度改革の流れが生まれました。内閣府に障害者制度改革推進会議がつくられ、2010年から会議が始まります。同年6月には「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」が、制度改革の行程表として閣議決定されました。ここでは3つの横断的課題が位置づけられています。「障害者基本法の改正と改革の推進体制」「障害を理由とする差別の禁止に関する法律の制定」「障害者総合福祉法(仮称)の制定」です。この決定をもとに、2011年8月に障害者基本法の大幅な改正がありました。たとえば「社会的障壁」という言葉が初めて法律に入りました。特に「差別の禁止」が基本的原則として規定されたのは大きな意味をもっています。

 さらに2013年6月、障害者差別解消法と改正障害者雇用促進法が同じ国会で成立しました。先に述べた横断的課題である障害者基本法の改正と、障害者総合支援法も制定され、個別課題も一定の成果を生み出したことから、こうした経過を経て、2014年1月、障害者権利条約の締結がおこなわれました。  今回のテーマである障害者差別解消法と、障害者雇用促進法の改正は、3年の準備期間を経て2016年から施行されました。まず、前提として理解していただきたいのは、2つの法律の関係についてです。

 障害者差別解消法では、第13条に「事業主による措置に関する特例」という条文がおかれています。雇用主が障害のある労働者に対する差別を解消するための措置については、障害者雇用促進法の定めるところによるとしています。解消法は障害者の社会参加に関わるすべての分野を対象としています。当然、雇用も含まれるわけですが、雇用の分野においては改正障害者雇用促進法で対応しますということです。

 解消法の正式名称は「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」です。人権や福祉の分野で法律の名称に「差別の解消」が入ったのは初めてであり、意義のあることです。これがひとつのきっかけとなり、ヘイトスピーチや部落差別の解消をめざす法律ができました。

「社会的障壁」の除去と、「合理的配慮」の提供

 解消法の第7条及び第9条には「社会的障壁の除去の実施」について必要かつ合理的な配慮をしなければならない(事業者には、するように努めなければならない)とあります。「社会的障壁」とは、障害者が日常生活や社会生活を営む上で障壁となる事物、制度、慣行、観念などです。たとえば街中での移動を妨げる階段や交通機関、利用しにくい制度、障害者の存在を考えていない規則や慣習、そして障害者への偏見や差別意識です。解消法では、こうしたものを背景にした「不当な差別的取扱い」について、行政機関等や事業者に対して禁止としています。ただし、「安全の確保」「財産の保全」「事業の目的・内容・機能の維持」「損害発生の防止」など正当な理由がある場合には差別になりません。

 合理的配慮の提供については行政機関等には法的義務、事業者に対しては努力義務があるとしています。合理的配慮には7つの要素があります。「個々のニーズ」「社会的障壁の除去」「非過重負担」「意向尊重」「本来業務付随」「機会平等」「本質変更不可」です。「非過重負担」とは、合理的配慮を提供する側の負担が大き過ぎることのないようにという意味です。「本来業務の付随」とは、たとえばレストランに食事を目的に入った場合、トイレの介助まですることが合理的配慮にあたるかどうか。基本的にはトイレの介助を本来業務とは言えません。しかし食事をするための配慮は過重な負担がない範囲でできるだけしなくてはいけない。こういうことも含めて、合理的配慮の不提供だったかどうかを判断していくことになります。

 次に、改正障害者雇用促進法をみてみましょう。雇用促進法では法定雇用率が定められており、対象は障害者手帳の所持者のみです。ただ、障害者手帳を所持していなくても雇用支援の必要な場合があり、医師の意見書や所見があればさまざまな制度や支援を利用できます。福祉サービスについても同じです。

 改正障害者雇用促進法では「障害の特性に配慮をした必要な措置」を提供する義務があるとしていますが、これは「合理的配慮」と同じ意味です。そして解消法と同じく、客観的にみて事業主に対して過重な負担になる場合はこの限りではないとされています。

 また、相談体制の整備も定められました。事業主に対して、「まず障害のある労働者の意向を十分に尊重しなければいけない」としたうえで、「障害のある労働者の相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、その他の雇用管理上必要な措置を講じなければいけない」と書かれています。これは非常に重要なポイントです。しかし相談窓口が整備されても、障害のある従業員に説明や周知をしていないことが多くあり、活用できていないのが現状です。

地域協議会と相談体制の整備が急務

 障害者差別解消法と改正障害者雇用促進法が成立するまでの流れと内容をおおまかにお話ししました。ともに施行から1年が過ぎた今、どのような課題が見えてきたのでしょうか。

 まず、障害者差別解消法については、法律として実効性のあるものにしていく必要があります。そのためにも同法で、地方公共団体は「組織することができる」と定められている障害者差別解消支援地域協議会の活性化が求められるでしょう。地域協議会は、障害者差別の解消に関係する、地域のさまざまな機関によって構成されます。相談体制の整備や情報収集、紛争解決のサポートなどに欠かせない存在です。しかし設置状況をみてみますと、都道府県や政令指定都市は100%であるものの、中核市では約80%、市町村ではさらに設置率は低いのが現状です。今後、地域協議会の有無によって解消法の効果に大きな違いが出てくるでしょう。複数の市町村が共同で設置するなどの工夫をしながら、ぜひ取り組んでほしいと思います。

 改正障害者雇用推進法については、事業主に対して、全従業員に向けた「相談窓口」の周知義務が徹底されることが重要です。事業所での自主的解決が難しい場合のために、地域のハローワークと都道府県労働局の仲介的役割の権限を強化する必要もあると考えます。また、現在、厚生労働省は職場における「しごとサポーター」(※)の養成に取り組み始めています。職場内にサポーターが増えていくのも大きな意味があるでしょう。

 2018年度からは法定雇用率が2%から2.2%に上げられます。その背景には精神障害者の雇用義務化があります。雇用率に精神障害者の方もカウントされるということです。障害者差別解消法、そして改正障害者雇用促進法と、法律のとうい枠組みは整ってきました。2つの法律が動いていくためには、先ほども申し上げた通り、全従業員に向けた相談窓口の周知義務を図ること。その徹底を行政指導として進めるべきだと思います。

 課題も多々ありますが、意識の部分では変化が起きているのを感じています。特に行政機関の職員や事業者の意識の変化は大きく、また、障害者差別に対する関心の高まりも実感します。これはやはり法律ができたことによるものでしょう。摩擦も起きるでしょうが、課題整理をしながら社会的障壁と合理的配慮に関する相互理解を深めて取り組みが広がっていくことを期待しています。

※「しごとサポーター」 厚生労働省は、企業で働く有志が精神疾患の特性などを2時間の講座で学び、各職場で精神障害者らに声かけをすることで職場定着を後押しする新規事業を実施。当面、2017年度で2万人を養成する方針。


●国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議
同会議では2002年から様々な人権課題をテーマに「プレ講座」を開講している。今年度は「部落差別解消推進法」と「障害者差別解消法」に焦点を当て、「障害者差別解消法・改正障害者雇用促進法施行 2年目の課題」「部落差別解消推進法をふまえ実態調査をいかに進めるか」「『寝た子』はネットで起こされる !?~部落差別は、いま~」「相模原事件から考える」「部落差別解消推進法の具体化に向けて:教育の再構築と相談体制の整備」をテーマに5回連続で講座がひらかれる。