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部落差別解消推進法をふまえ、実態調査をいかに進めるか 近畿大学人権問題研究所教授 奥田均さん

2017/11/30


国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議では毎年様々な切り口で人権をテーマにした「プレ講座」を開講している。2017年度のプレ講座では、「部落差別解消推進法」と「障害者差別解消法」に焦点を当て、研究者や当事者に講義していただく。連続講座の様子を報告する。

部落差別解消推進法をふまえ、実態調査をいかに進めるか 近畿大学人権問題研究所教授 奥田均さん

部落差別解消推進法は、部落差別の存在と取り組みの必要性を明記した画期的な法律です。一方、理念法であり、具体的にどう取り組むかは各自治体と市民に託されました。私たちはどこから取り組みを始めればよいのでしょうか。実態調査の実施が盛り込まれた第6条から、その糸口を探ります。

部落差別の存在を「社会的事実」とする仕組みづくりを

 2016年、部落差別解消推進法が成立、施行されました。さまざまな角度から見て、非常によくできた法律だと私は思っています。なかでも第6条に書かれた「実態調査の必要性」が、この法律を意味あるものにしています。この法律は理念法です。課題を提起し、内容や方法については自治体ごとに自由に考えなさいと。ただし、経済的な支援はありません。「部落差別がある」というスタートラインと、「社会を変革して差別をなくす」というゴールをつくっていこうという法律です。

 1969年に施行された「同和対策事業特別措置法」には、同和地区住民の生活を底上げするために同和対策事業が書き込まれました。実際に同和地区の実態はかなり改善されましたが、差別は依然として存在します。「では、どうするか」を考える出発点というのが、今回の法律の意味ではないかと思います。

 ただ、何の資料もないままでは考えることもできません。そこで現在の部落差別はどうなっているのかを調べましょうというのが、先ほど申し上げた第6条です。施策を考えるために、地方公共団体の協力を得て、部落差別にかかる調査をおこなうという主旨です。

 調査をおこなうことで何ができるようになるのでしょうか。たとえば、ここ数年、インターネット上で同和地区の一覧を流すといった差別が横行しています。あきらかに差別ですが、表現の自由や通信の秘密が壁となり、対抗できないという状況が続いてきました。「同和地区に爆弾を仕掛ける」という文言がついていたら、犯罪行為になります。しかし一覧だけが流れているのは、いわば温泉地一覧が流れているようなもの。現在の法律では取り締まれません。しかし法務省が国の予算を使い、第6条に基づいて正式に調査をすれば、「社会的事実」となります。

 交通違反でたとえてみましょう。駐車場以外の場所に車を止めれば駐車違反です。しかし警察に見つからない限りは、駐車違反としてはカウントされません。交通事故でも、現場で示談にすれば交通事故として「公の事件」にはなりませんね。警察に届け出て、公の事故になって初めて保険会社から保険が下りる。つまり、法律があるだけではダメで、ある現実を「社会的事実にしていく仕組み」が必要なのです。

 その仕組みとして第6条を使うわけです。実態調査によって差別を可視化すれば、「ではどうすればいいのか」という次のステップが提示されてきます。単に実態調査をするだけでなく、理念法から規制法、救済法へと、いわば新しいステップの土台をつくっていくというのが第6条の大きな意味ではないかと思います。

部落の外にある「加差別」の現実を可視化する

 次に、何をどのように調査すればいいのかが問われます。まず押さえておきたいポイントは、「部落差別の実態は実感だけではとらえきれない。それが差別というものである」という点です。部落差別解消推進法の第1条には「現在もなお部落差別が存在する」と書かれています。しかし多くの市民は「今時、部落差別などない」「少なくとも自分は知らない」と思って(実感して)います。問題は、その実感が正しいのかどうかということです。

 一番わかりやすいのは、当事者が声を挙げることでしょう。「こんな部落差別を受けた。どれほど傷ついたか」を発信すると、実感のなかった人も「そういうことがあるのか」「自分は差別していないか?」と考えることができます。しかし一方で、声を挙げれば、「自分は部落出身者だ」とカミングアウトすることになります。恋人や家族がどう思うか。結婚しても、将来子どもが差別を受けたら・・・と悩む。「わかってほしい」という思いと、「周囲に知られたら、自分だけでなく後々家族にまで累が及ぶのでは」という心配を天秤にかけた時、多くの部落出身者は「黙っておく」という選択をします。

 PTAの学習会で部落問題がテーマになった時、終了後に「同和の人もずるいことしてるんちゃうの」などと噂する声を聞いたという部落出身の人もいました。「それが差別なんだ」と言いたかったけれど、言った途端に噂になるかもしれない、自分の子がいじめに遭うかもしれないと思ったら何も言えなかった。それからは人権研修に参加することも怖くなったと。

 当事者が自分や家族を守るために黙ると、差別は見えません。見えないから存在しないのではないのです。学生に「身近なところで差別の現実をレポートしなさい」という宿題を出したことがありました。最初は「今まで部落の話をしたことも、部落の人に会ったこともない」と他人事だった学生が、この宿題を通じて次々と差別の現実を見つけてきたのです。ある学生は「こんなところ(喫茶店)でそんな話をするな。(部落出身者だと)間違われたらどうする」と話を遮られました。また、ある学生は母親に「あまり深入りしないように」と釘を刺されたそうです。こんな話が続々と出てきました。

 私自身も気付かされました。それまで「これが差別をなくすスタートラインだ」と、被差別の現実を一生懸命伝えてきました。しかし、ほとんどの学生は当事者ではないので、ピンときません。一方、学生たちが見つけてきた部落差別の現実は、部落の外でどのようなことが起こっているのかという「被差別に対する加差別の現実」でした。この両方があって初めて「部落差別の現実」が立ち上がってくるわけです。考えてみれば、事件も被害者だけでは成立しません。加害者がいて、逮捕して初めて解決となるわけです。

今日的な問題意識で部落差別をとらえ直す

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 部落差別の現実を5つの領域で示した図を見てください。学生たちが発見してきた差別の現実は、この図でいうとDの部分になります.日常のなかで何気なく部落問題が話題になった時、どんな話題のされ方をしているのか。親戚の誰かに結婚話が出たら、当たり前のように「身元調査をしておいたほうがいいんじゃないか」という話になる。家を借りる時、不動産屋に「同和地区じゃないですよね」と確認をする。Dの領域にはそんな現実がたくさんあります。人々の生活や体験のなかに差別の現れを見つけていかなければ、差別の全体像を知ることはできません。

 また、これまでの話のなかにはEが抜けています。Eとは「見えない差別に思いを馳せる」という第5の領域です。差別は、部落問題に限らず、被差別当事者の心にさまざまな心理的な影響を及ぼします。怒りや口惜しさ、心配、不安、悲しみ、恐怖、あきらめ----。具体的な事実だけではなく、こうした気持ちを心に刻み込まれてきたことも差別の現実としてとらえる必要があるのではないか。部落問題に取り組むなかで、時に学生に教えられ、この5領域の考え方に至りました。

 今、私が考える「必要とされる実態調査の類型」は以下の通りです。

1.インターネット上での部落差別の実態把握
2.差別事象調査
3.同和地区住民に対する調査
  ①意識・被差別体験調査
  ②被差別体験聞き取り調査
  ③部落の生活実態調査
4.市民に対する人権意識調査
5.土地差別問題に対する調査

 さらに、取り組み状況の実態調査が必要だと考えます。たとえば行政の窓口での対応はどうなっているか。審議会や基本計画、職員や議員の研修はおこなわれているか。あるいは学校教育や市民啓発における部落問題学習の内容はどうか。調査結果を活かすために、最後まできちんと検証していくことが大事です。

 部落差別解消推進法を具体化していくためには、差別の現実を「社会的事実」とし、多様な地域の実態に応じた取り組みが必要です。まずは差別の現れ方について5領域でとらえ直したうえで、実態調査に取り組んでいただきたい。

 近年、シングルマザーや子どもの貧困がクローズアップされ、奨学金のあり方や学習保障、子ども食堂などについて議論され、取り組みが始まっています。しかしこれらは解放運動がずっと取り組んできました。「今さら同和事業か」と思う人もいるかもしれません。しかし同和対策事業のベールをはがせば、すなわち被差別部落という枠組みを取ってみると、社会の困難の解決に向けた取り組みが集約されていることがわかります。そこには地域で支え合ってきた知恵の集積もあります。今、部落差別の生活実態を把握し、取り組むには、こうした「今日的な問題意識」をもって取り組む必要があるでしょう。


●国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議
同会議では2002年から様々な人権課題をテーマに「プレ講座」を開講している。今年度は「部落差別解消推進法」と「障害者差別解消法」に焦点を当て、「障害者差別解消法・改正障害者雇用促進法施行 2年目の課題」「部落差別解消推進法をふまえ実態調査をいかに進めるか」「『寝た子』はネットで起こされる !?~部落差別は、いま~」「相模原事件から考える」「部落差別解消推進法の具体化に向けて:教育の再構築と相談体制の整備」をテーマに5回連続で講座がひらかれた。