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2017プレ講座

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2018/03/22
部落差別解消推進法の具体化に向けて 教育の再構築と相談体制の整備 近畿大学人権問題研究所 主任教授 北口末廣さん


国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議では毎年様々な切り口で人権をテーマにした「プレ講座」を開講している。2017年度のプレ講座では、「部落差別解消推進法」と「障害者差別解消法」に焦点を当て、研究者や当事者に講義していただく。連続講座の様子を報告する。

部落差別解消推進法の具体化に向けて 教育の再構築と相談体制の整備 近畿大学人権問題研究所 主任教授 北口末廣さん

部落差別解消推進法を読み解きながら、法というシステムと人々の意識や感覚、社会的基準との関わりを考える。さらに法で謳われている部落差別撤廃教育の再構築や、信頼できる相談体制を構築するために、何が求められているかを明らかにする。

法は人の行為を変え、行為は人の態度や心を変える

 私はいつも「司法はシステムだ」と申し上げています。たとえば日本国憲法は第一に人権規定、第二は統治規定という国のシステムを定めています。もっと広く言えば、不文律あるいは社会的基準ともいうべき、文章になっていない多くのシステムがあります。意識、感覚、システム、社会的基準は一体です。そういう意味で私は社会的基準を重視しています。

 さらに、システムと、人と人との関係も一体です。人が人を差別しなくなれば、一切の差別はなくなります。きわめて一面的に言うと、ある人とある人との関係が差別/被差別の関係か、あるいは平等な関係か。差別/被差別の関係であるなら、平等な関係に切り替える。これが差別撤廃のひとつの側面です。

 もうひとつ、人々の意識や感覚に大きな影響を与えるのが「教育」です。システムと教育は「意識を変える」という同じところを目指しています。また教育とは、対象が子どもであれ大人であれ、「どんな情報を伝えるか」ということです。ですからどの教科書を使うかがいつも政治的な話題になるわけです。

 国際法の有名な研究者にオスカー・シャクターという人がいます。彼はこう言いました。「法は人の行為を変え、行為は人の態度を変える。さらに心を変える」。つまり法が意識に影響を与える、と。人権教育、差別撤廃教育というのは、まず心、すなわち気付きにつながります。気付きから態度形成、態度形成から行動変容、行動変容からシステムへの提言能力と展開していきます。提言能力までくれば、その教育は成就したとされます。

 そういう意味で、部落差別解消推進法で教育を明確に謳っている意義はきわめて大きいと言えるでしょう。

法の整備、改正には現実の把握が不可欠

 システムと意識、感覚、社会的基準が一体であることは、男女雇用機会均等法を例に説明するとよくわかります。1986年4月に施行された時、女性運動団体からは不十分だという指摘が多くありました。確かにその通りで、最初はセクハラも入っていなかったのです。しかし不十分ながらも法律ができたことによって男女差別の実態が把握でき、1999年の改正均等法につながりました。さらにその8年後、2007年には「間接差別」の禁止、妊娠や出産などを理由とする退職強要や職種、配置転換などの不利益な扱いの禁止、さらに女性だけでなく男性へのセクハラ防止対策を企業に義務づけるなどが加えられました。

 ストーカー規制法も同様です。女子大生がストーカー被害に遭い、最終的には殺されてしまいました。事件後、警察に相談していたのに「つきまとっているだけでは逮捕できない」と言われていたことがあきらかになります。その現実があったからこそ、ストーカー規制法というシステムができました。

 現在の部落差別解消推進法には部落差別の定義も、財政的な裏付けもありません。現実的には不十分な法律だと言えるでしょう。しかし男女雇用機会均等法の経過をみればわかるように、今の法律を起点にして改正していけばいいのです。

 改正にあたって何が必要かといえば、差別の実態という現実の把握です。そして現実を把握するのに欠かせないのが「相談」です。私自身、相談を重視し、さまざまな相談を受けることで鍛えられてきました。

ネット上での膨大な差別情報が「差別助長教育」をおこなっている

 ここまで述べてきたことを踏まえて、部落差別解消推進法を読み解き、具体化に向けてどのような視点で取り組むべきかをお話ししたいと思います。

 まず、法律を読む際には、条文の主語と述語を確認すること、そして第一条を重視することが重要なポイントです。第一条はその法律全体の要約であるため、正確に頭に入れれば全体の構成が理解できます。部落差別解消推進法では、第一条の冒頭で「現在もなお部落差別が存在する」ということを認めています。まさに現実を踏まえているわけです。

 私が最も重視しているのは、その次です。「情報化の進展に伴って部落差別に関する状況の変化が生じている」とあります。これが先ほどから申し上げている「現実」の部分です。間違った意識と感覚、つまり偏見を植え付けているのは、今、多くの場合は電子空間、ネット上の現実です。パソコンやスマホで「同和」「部落」を検索すれば、一瞬で数万件の差別的な動画や書き込みが出てきます。アメリカのある心理学者は、「人が殺されているシーンを8万回以上見た人間は、ハエを殺す程度の気持ちで人を殺せるようになる」と分析しています。差別的な言説を読み続けるうちに慣れてしまい、自分のなかにある差別の基準が大きく変わってしまうのです。

 そして第二条の基本理念へと続きます。「全ての国民が等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、部落差別を解消する必要性に対する国民一人一人の理解を深めるよう努めることにより、部落差別のない社会を実現することを旨として、行わなければならない」。そして第三条では国及び地方公共団体の責務を明記し、第四条から第六条にかけて「相談体制の充実」「教育啓発」「部落差別の実態に係る調査」を行うよう努めなさいとあります。

 教育とはどんな情報を伝えるかだと申し上げました。情報について考える時に重要なポイントが、電子空間と同時にメディアリテラシーです。かつてメディアリテラシーといえば、新聞、ラジオ、テレビでした。今は圧倒的にネットメディアです。個人がマスメディア的機能をもつようになり、ありとあらゆる情報を発信しています。マスメディアも誤った情報を発信している場合がありますが、ネット情報はさらに多くの間違いがあります。しかし多くの人々がそのまま信用しています。特に部落問題に関する情報は多くの点で誤っており、偏見を助長しています。ネット上の情報が日々「部落差別助長教育」をおこなっていると言ってもいいでしょう。一方で部落差別撤廃教育はネット上はおろか、教育現場でもほとんどなされていないのが現状です。喫緊の課題は、ネット情報に負けない、ネットリテラシー教育です。

相談を通じて実態を把握し、課題を整理することで政策化へとつなげる

 部落差別解消推進法は、まず法律というシステムで差別をなくすということを明確に示しています。同時に、部落差別を撤廃するための教育を展開すること、実態調査をおこない、相談体制をつくることを提示しています。

 私は人権相談には以下の機能をもつ必要があると考えています。
(1)実態把握機能
(2)解決・救済方策提示機能
(3)分析・政策提言機能
(4)課題設定機能
(5)コーディネート機能
(6)ネットワーク創造機能
(7)データ集積機能
(8)人材育成機能
(9)自己実現支援機能
(10)情報発信機能
(11)立法事実提示機能

 困った時、役所の人権相談窓口に来る人はきわめて少ないのが現状です。大阪府が2000年におこなった実態調査で、被差別部落の人が差別を受けた時、どこへ相談に行くかを尋ねたところ、もっとも少なかったのが行政でした。役所に行くと答えた人はわずか1.2%です。こうした状況を変える必要があります。

 相談を受けた時、内容を分析することが重要です。私は重大な相談だと思った時には必ず事実認定をします。次に、どのような問題点があるかを整理します。さらに背景と原因を整理し、課題を抽出します。そして最終的にはその課題を実践するために政策化し、具体的な実践へとつなげます。

 25年前の話ですが、ある母子家庭の母親から相談を受けたことがありました。教育費が足りず、消費者金融から借りたお金が返せなくなったと。もともとギリギリの生活ですから、高利の借金を返すのは大変なことです。相談を受けた時には5つのサラ金で合計300万円の借金がありました。普通の女性が働いて返せる金額ではありません。利息だけでも相当で、15年間、ずっと返し続けているという話でした。

 今なら過払い訴訟を起こせますが、当時そんな制度はありません。しかし任意交渉をすればかなり減らせるはずとアドバイスをして、友人の弁護士を紹介しました。そして30万円まで減らすことができたのです。

 その女性は「助けてあげるという人がいるんですが」と1枚の葉書を見せてくれました。「あなたの債務を整理してあげます」と書いてあります。一見親切ですが、暴力団金融でした。暴力団に多重債務者の情報が流れていたわけです。実際、この葉書が届いて連絡をとった人たちもいました。借金を返せない人にお金を貸しても回収できないと思われるでしょうが、こういう業者はあらゆる手段を使って回収します。そして、追い詰められた3人の高齢者が自殺するという事件が起きました。

 私は女性の相談に乗った時、こうした事件が起きるだろうと考えました。そこで大阪府を通じて金融会社の業界団体や消費者生活センターに問題提起をしました。数年かかりましたが、暴力団金融に対する取り締まりがおこなわれました。相談に乗ったからこそ実態がわかり、具体的な実践につながったという一例です。

20世紀の同和教育論から21世紀の同和教育論へ 人権救済のできる人を育てる

 繰り返しになりますが、現在の部落差別解消推進法は差別撤廃の法律としては決して十分とは言えません。しかし部落差別の存在を明確に認め、教育・啓発・相談体制の整備の必要性を明示しています。この法律を生かし、部落差別撤廃と人権教育啓発をぜひ推進していきましょう。そのために重要だと思われるポイントをご紹介します。

(1)部落差別解消推進法施行の意義と教育・相談体制整備の関係
(2)人権課題の解決と結びついた人権教育を
  ①興味深く意欲的に学べる人権教育を
  ②これまでの同和教育の問題点の一つ
   ・差別をしてはいけない(加害者になってはいけない)だけでは不十分
   ・被害者・支援者になった時に人権救済をできる能力はあるか
  ③現実の人権課題が人権教育の原点
  ④自己実現に結びつく人権教育を--自己人生コントロール権
   ・自己認識、自己決定、自己救済、社会参加、社会変革
  ⑤人権侵害を救済できる人権教育を
(3)差別撤廃教育基本方針の策定
  ①差別撤廃教育基本計画・具体的方針の策定
  ②各分野(学校教育・社会教育・職場教育・家庭教育)で具体化を
  ③推進するための人材養成を
  ④差別撤廃教育推進体制の整備を

(4)人権侵害分析を教育課題に
  ①年齢に対応した多様な教育内容・カリキュラム・教材等の整備を
  ②人権侵害の予防・発見・支援・救済・解決のための実践的な人権教育を

 率直に言って、私は20世紀におこなわれていた同和教育が完璧だったとはまったく思いません。形式的な教育で終わっている部分が多くあります。人権救済のできる、あるいは人権侵害を受けている人をバックアップできる教育や理念が求められています。20世紀の同和教育論から21世紀の同和教育論へ。私たち自身の意識の変革や力量も問われています。


●国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議
同会議では2002年から様々な人権課題をテーマに「プレ講座」を開講している。今年度は「部落差別解消推進法」と「障害者差別解消法」に焦点を当て、「障害者差別解消法・改正障害者雇用促進法施行 2年目の課題」「部落差別解消推進法をふまえ実態調査をいかに進めるか」「『寝た子』はネットで起こされる !??部落差別は、いま?」「相模原事件から考える」「部落差別解消推進法の具体化に向けて:教育の再構築と相談体制の整備」をテーマに5回連続で講座がひらかれた。

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