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2018プレ講座

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2018/11/30
ドイツのSNS規制を学び、国内の課題を考える 金 尚均さん


国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議では毎年様々な切り口で人権をテーマにした「プレ講座」を開講している。2018年度のプレ講座では、「ネット社会を生きる私たちの情報リテラシー」をテーマに、研究者や当事者に講義していただく。連続講座の様子を報告する。

ドイツのSNS規制を学び、国内の課題を考える 金 尚均さん

インターネットを通じて再生産される差別

 インターネットの問題について具体的に何らかの規制をしなければならないということは、日本のみならず欧米でも課題になっています。とりわけ、5ちゃんねる、フェイスブックやツィッター、ラインなど情報のやりとりのツールとなっているソーシャルネットワーキングサービス(SNS)に対する規制の問題として考えてください。

 2016年、日本であらたに3つの法律が施行されました。障害者差別解消法、ヘイトスピーチ解消法、そして部落差別解消推進法です。日本で差別を解消することを全面に謳った法律は2016年が最初です。

 さらに2018年度は法務省で「共生社会の実現に向けた人権擁護施策の推進」に関する予算がつきました。「共生社会」という言葉が出てくることにも注目していただきたいと思います。共生社会とは多様性のある社会です。逆に多様性の否定は、差別を認める社会です。そしてまた、「インターネット上の人権侵害の解消に向けた取組を進める」とも明記されました。

 部落差別解消推進法にも、「インターネットにおける部落差別の問題に焦点を当てなければならない」といったことが書かれています。しかし3つの法律はともに差別の定義がなく、罰則規定もありません。 そのためネット上での差別は事実上、野放し状態です。

 たとえば「鳥取ループ」と名乗る人物が、同和地区を特集したサイトをネットに開設しました。部落地名総鑑など被差別部落に関する資料や地域名、人権センターの住所などを掲載しています。

 みなさんはインターネットで調べものをする時、どうしますか? ほとんどの人がYahoo!などの検索サイトを使うと思います。キーワードを入力すると、一瞬で多くの情報が表示されます。しかしこれは無作為に出てくるわけではありません。私たちがふだんよく検索しているキーワードや閲覧しているサイトなどの履歴が集約されており、それぞれの好みに応じた画面や情報、画像が出てきます。アルゴリズムというシステムです。

 私がゼミで学生に部落問題について調べてくるよう言うと、多くの学生は図書館に行かず、最初に検索サイトで「部落問題」と入力して検索します。すると鳥取ループが運営するサイトが出てくるわけです。

 運営者はただ住所を掲載しているだけだと主張しています。しかし「ここにはこういう人たちが住んでいた、ないしは今も住んでいる。こうした土地は今もある」というメッセージとともに広めるわけです。見ている人たちに知らず知らずのうちに偏見を植え付け、「ここは問題のある場所なんだ」と正当化させていく。これは人々を煽り、差別する側へと導く「煽動」といえるでしょう。

 街頭でのヘイトスピーチは今もおこなわれていますが、法施行後、数は減りました。しかしインターネットにあげられるヘイトスピーチや差別的な書き込み、煽動は瞬時に閲覧され、いったん掲載されたものは消せません。つまり、一度損なわれた人権の回復は容易ではないということです。

 また、ヘイトスピーチの問題として確認しておきたいのは、個人の問題にとどまらないということです。たとえば部落差別に関連するサイトであれば、「ここに住んでいる人たちは部落民だ」と地域全体にレッテルを貼る。個人に対しても、「部落民」「朝鮮人」「女」などと属性で呼ぶ。そして集団そのものを劣った存在として貶める。これが差別です。

 日本の歴史のなかに存在していた差別が今、インターネットを通じて再生産されています。

ヘイトスピーチや煽動と向き合うドイツ

 ここからが本題です。今、ドイツでは外国人排斥の運動が高まっています。移民の人たちが流入してきたことが社会問題化したといわれています。しかし統計をみると、移民の問題は2015年をピークに大幅に減少しています。にも関わらず、ドイツなどを中心に「移民は出て行け」と社会的な議論になっています。そこにはたとえばドイツなら「自分はドイツ人だが、ネオナチではない。ドイツはドイツ人のものであり、移民のものじゃない」というメッセージがあります。

 手術がおこなわれたのは、実は30年から50年前のことです。なぜ今、裁判になり、報道されるようになったのか。ピンとこない人も多いでしょう。

 ドイツでは2017年、ソーシャルメディアに対する法執行の強化がニュースになりました。ツィッターやフェイスブックなどの運営側に対して罰金を課しましょうというものです。もともと、ドイツでは日本でいうヘイトスピーチがおこなわれたら、民衆煽動罪というドイツ刑法で処罰されます。

 また、ヘイトスピーチの刑罰の上限は5年です。名誉毀損罪は2年ですから、倍以上の重さです。名誉毀損は個人の名誉やプライドを傷つけるのに対して、ヘイトスピーチは名誉以前にその前提として人間としての尊厳を傷つける罪であり、より重いと位置づけられているのです。

 一例を挙げますと、2014年、シリアからの移民申請者であるひとりの青年に対して「テロリスト」だとするデマがネット上で流されました。実際は違います。彼は移民申請こそ認められましたが、さまざまな迫害に遭い、就職もできません。たまらず、フェイスブック社に対してデマの書き込みの掲載差し止めを裁判所に申し立てました。

 フェイスブック社はこう反論しました。「自分はただ場所を提供しているだけで、誰が何を表現するかは自由である」

 この1件はヨーロッパで大きく注目されました。ドイツの通信媒体法は、日本ではプロバイダー責任制限法にあたります。

 ドイツでは通信媒体、すなわちたとえばフェイスブック社が自社で扱った情報については法律に基づいてフェイスブック社が責任を負います。テロリストでもないのにテロリスト扱いした情報を掲載すれば、名誉毀損罪で刑事上あるいは民事上、責任を負わされますよという法律です。

 一方、「他人の情報については責任を負いません」というのが日本のプロバイダー責任法の基本的な姿勢です。ただし、犯罪に関連する情報については、責任はないが被害者または弁護士を通じてプロバイダーに通報し、プロバイダーが認めるなら削除しましょうという法律です。

 また日本では、申し立てた場合も対応に1ヶ月以上かかります。そのうえ「表現の自由」を盾に、ほぼ対応されないのが現実です。理由は、自社の判断で削除すると、今度は情報を掲載した側から訴訟を起こされるリスクがあるからです。これが大きな壁となっています。

国の姿勢が法律に反映する

 ドイツでも最初からスムーズだったわけではありません。裁判所は移民青年の訴えに対しては「フェイスブック社は単なるプラットホームで情報提供の場を提供しているに過ぎない。コミュニケーションについて監督する義務はない」とする判決を出しました。

 しかしそこからドイツは動き出します。2015年12月、フェイスブック社をはじめとするITサービスの大手と、違法な情報があれば24時間以内に削除するという合意を結びました。しかし法的な強制力がなかったため、十分な成果が得られませんでした。

 そこで法律をつくったわけです。2017年4月、「ドイツネットワーク貫徹法」が立法提案されました。そのなかでのテーマのひとつは、虚偽の情報でつくられた「フェイクニュース」です。

   インターネットは情報の平等や、新たな世界に私たち一般人も入り込めるという非常に積極的な意味合いもありました。同時に批判と分断が生じて、敵か味方かという二項対立で社会や人を見ようという風潮も生まれました。そのきっかけをつくるものとして、フェイクニュースが大きな役割を果たしています。これに何とか対応しなくてはいけません。

 ドイツにおける新立法「ドイツ・インターネット上の法執行の改善法」の重要なポイントは、苦情の申し立てをするのが被害者本人と代理人のほか、第三者でもいいというところです。

 また、各社にドイツ国内に代理人を置かなければ営業をブロックするとも定めました。つまり、たとえばアメリカに本社があろうと、ドイツ国内で情報発信の場を提供しているとみなすわけです。そして苦情対応のシステムをつくり、半年に一度、内容を報告することを義務づけました。

 さらに、あきらかに違法な内容については24時間以内に削除すること、微妙な問題については7日以内に削除することも定めています。違法な情報による人権侵害をできる限り回避するという、国の姿勢が明確に表れています。

 ドイツではヘイトスピーチも児童ポルノも犯罪、違法行為として扱います。日本では、児童ポルノについては規制法があり、違法行為として扱われます。しかし差別表現や煽動は禁止されておらず、処罰規定もありません。これが今、私たちが日本で差別表現の削除を考える上での大きな課題であると思います。

さまざまな働きかけをしつつ、法律の改正を目指す

 ドイツではこの法律ができたことにより、通信媒体法が改正されました。被害者が裁判所の命令をもらえば、プロバイダーは発信者の氏名や住所を提供してもいいことになったのです。たとえばフェイスブック社はアドレスとIPアドレスを把握しているだけですが、それをもとに被害者はさらにインターネットの接続業者に情報開示を求めることができます。業者は法律に基づいて情報提供ができるわけで、日本のように訴訟リスクを抱える心配はありません。

 日本で同じようにしようとすれば、裁判を何件も起こさなければなりません。費用も安くて40万円ほどかかります。相手が異議申し立てをするとさらに費用も時間もかかり、その間、情報はインターネット上に掲載されたままで、被害は継続することになります。

 それでは今後、日本はどう取り組んでいくべきでしょうか。ひとつにはプロバイダー責任制限法の改正だと思います。現状では、プロバイダー等に情報開示を求めることにより、書き込んだ人を特定することができます。しかし開示した業者は訴訟リスクを負うため、実際にはなかなか開示してくれません。

 そこで、あくまで私の試案ですが、プロバイダー責任制限法に第2条5号をつくり、「不当な差別的言動」についての定義をつくることを提案したいと思います。そして当てはまる表現や情報があれば、プロバイダー責任制限法に基づいて削除してもらうのです。

 ブロッキングという方法も有効だと思います。現状では差別的表現であっても、削除すると「表現の自由」に抵触します。つまりプロバイダー側が、掲載した人の表現の自由を奪ったとして訴えられる可能性があるわけです。

 そこで、表現の自由は奪わず、閲覧できなくする。これがブロッキングです。しかしここでまた課題となるのが、見る側の権利を侵害するという考え方です。とはいえ、ブロッキングには一定の効果があるでしょう。

 鳥取ループに関しては民事裁判で賠償が認められた判決が出たのを契機に、仲間とともにセイファーインターネット協会(SIA)に強く働きかけてきました。さまざまなサーバーがこの協会に加入しており、一般ユーザーからネット上の違法有害情報を受けると、その削除を国内外問わずサーバー管理者に要請します。児童ポルノについては、海外のサイトも含めて94%が削除されているといわれています。

 児童ポルノに倣い、いわゆる差別表現を掲載しているサイトに対して、民事的な賠償が認められたことを根拠に削除要請をする。それを受けてサーバーが削除する。あるいはブロッキングする。海外のサーバーを使用している場合は、セイファーインターネット協会を通じて削除を要請する。こうした方法を使いながら、ドイツのように差別表現や差別煽動を違法として位置付ける法律への改正を目指していきたいと取り組んでいます。


●国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議
同会議では2002年から様々な人権課題をテーマに「プレ講座」を開講している。今年度は「ネット社会を生きる私たちの情報リテラシー」をテーマに5回連続で講座がひらかれた。

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