ふらっと 人権情報ネットワーク

特集



令状なしの「GPS捜査」は違法、最高裁判決 亀石倫子さん

2018/12/26


国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議では毎年様々な切り口で人権をテーマにした「プレ講座」を開講している。2018年度のプレ講座では、「ネット社会を生きる私たちの情報リテラシー」をテーマに、研究者や当事者に講義していただく。連続講座の様子を報告する。

令状なしの「GPS捜査」は違法、最高裁判決 亀石倫子さん

被疑者となった男性の疑問から始まった

 今日のテーマである「令状なしの"GPS捜査"は違法」というタイトルに、ピンとこない人も多いのではないかと思います。罪を犯したかもしれない人の車に警察がGPSをつけ、その行動を把握することの何が問題なのか。あるいは令状とは何なのか。令状なしのGPS捜査を違法とした最高裁判決の何が歴史的なのか----。

 GPSとは地球の周りを回っているGPS衛星から発信される電波を受信機が受け取り、位置を把握するという仕組みです。衛星の電波が弱くなるところでは携帯電話の基地局の電波も補足的に使われているそうです。

 スマートフォンで地図のアプリを利用して目的地までの経路や自分の現在地を調べたりする人は多いのではないでしょうか。非常に正確に位置がわかりますが、あれもGPSです。すでに私たちの生活のなかでもよく利用されています。

 それではまず、事件の経緯をご説明しましょう。2013年12月、全国各地で窃盗事件を起こしていた4人グループが逮捕されました。主犯格だった男性が大阪の東警察署に勾留され、私が所属していた法律事務所の先輩弁護士に依頼がきたのが始まりです。

 罪を犯したと疑われ、逮捕・勾留されたり、起訴された人の多くは自分で弁護士を雇うだけの経済力がありません。その場合、国が弁護費用を負担する国選弁護という制度を利用することになります。しかし、当時、私が所属していたのは刑事事件専門の法律事務所でしたので、私選弁護として直接依頼を受けることが多かったのです。

 さっそく接見に出向いて、被疑者となった男性に被疑事実に間違いはないかと確認すると、「間違いないです」と率直に認め、「これ以外にも僕たちはあちこちで悪いことをしてきました。こうなった以上は罪を認めて償っていくつもりです」と言います。そのうえでこんなことを話しました。

 「ところで僕は逮捕される何ヶ月か前に自分の車にGPSがつけられていたんです。最初に気づいたのは(共犯者である)仲間でした。彼が自分のバイクを修理に出したら、修理工場でバイクの内部にGPSがつけられていたのが見つかったと言うんです。"みんなも自分の車を確認したほうがいい"と言われ、車体の下にもぐってみたら、ちょうど真ん中あたりにGPSがくっついていました」

 彼はさらにこう言いました。
「確かに僕たちは悪いことをしました。だからちゃんと罪は償います。でも警察だって、こんなことをしてもいいんですか? その点をはっきりしてもらいたいんです」

GPS捜査を憲法違反としたアメリカの最高裁

 恥ずかしながら、私は彼の言葉にすぐ答えることはできませんでした。それまで一度もGPS捜査という言葉を聞いたことはなかったからです。正直に「次までに調べてきます」と言って帰り、すぐに調べました。

 するとその年の8月の朝日新聞に福岡県警が覚せい剤取締法違反の事件においてGPS捜査をおこなったことがわかったと報じる記事がありました。弁護人はこれをプライバシー侵害であると裁判で訴えていました。

 犯罪の捜査は令状主義に基づいて行われています。令状主義とは、警察や検察がおこなう捜査のうち、人権侵害の恐れの高い捜査に関しては裁判所が発付する令状をとってからでなければできないというものです。よく知られているのは逮捕状や、家宅捜索をする際の捜索差押令状などです。人を逮捕したり、鍵を壊して家に上がり込み、物を押収したりするというのは確実に人権を侵害する行為ですよね。間違いがあっては大変なので、裁判所がそうした捜査をする必要があると判断した場合に限り、令状を発布して 初めておこなうことができるわけです。

 もうひとつ見つけた記事がありました。この前年である2012年、アメリカの最高裁で「令状をとらずにGPS捜査をするのは違憲である」という判決が出ていたのです。ジョーンズ判決と呼ばれるこの判決には「GPS捜査は『捜索』にあたり令状が必要であるのみならず、プライバシー侵害にもなる」という補足意見もつけられています。いったんGPSを取り付けると、24時間いつでもどこにいるかがピンポイントで把握できる。しかもある日のある時間にどこにいたかという"点"としての情報だけでなく、いつどこへ移動してどれくらいそこに留まっていたか、つまり行動を継続的に把握できるからです。

 私は福岡での裁判とジョーンズ判決を知り、本当に大阪府警がGPS捜査をしていたのなら、やはり憲法違反ではないかと思いました。事の重大さに鳥肌が立つ思いがしたのを今もよく覚えています。

 2回目の接見で私は自分が調べたことを伝えました。同時に大阪府警によるGPS捜査の違法性を主張することのデメリットも伝えました。整理手続きに時間がかかり、被告人である彼の身体拘束が長くなるかもしれないこと。私たちの主張が通らず、むしろ量刑が重くなる可能性もあること。しかし彼の意思は変わらなかったのです。私もまた、彼の依頼に責任をもって応えていくことを決意しました。

 ちなみに福岡の裁判では、GPS捜査の適法性について裁判所は判断を示しませんでした。

独自のルールと拡大解釈でなされていた捜査

 まずは証拠開示請求をしました。けれど膨大な資料をどれだけ調べてもGPSに触れた証拠は見つかりません。後でわかったことですが、警察庁は2006年にGPS捜査に関するルールを作成し、内部に通達していました。この通達でGPS捜査について「任意処分として実施する」、すなわち令状のいらない捜査と位置づけています。対象となる犯罪のひとつとして「連続して発生した窃盗の犯罪」が挙げられていました。そして「犯罪を構成するような行為を伴うことなく」被疑者の使用車両等にGPS端末を取り付けることができるとしているのです。

 「犯罪を構成するような行為」とは、私有地に許可なく立ち入ったり、個人の所有物に勝手に手を加えたりすることも含まれます。一般の人がこうした行為をすれば警察に通報されるでしょう。しかし大阪府警は私有地である駐車場に入り、車やバイクにGPS端末を取り付けていました。さらに捜査対象者の交際相手である女性(犯罪にはまったく関与していないにもかかわらず)の車両にもGPS端末を取り付けていたのです。公判ではこの事件の捜査に従事した警察官に証人尋問をしました。交際相手の車にGPS端末を取り付けた理由を尋ねると、「被疑者が使用する『可能性のある』車両だから」という答えでした。「可能性」まで含めれば、犯罪とは無関係の家族や友人知人、いろいろな人の車に取り付けることが可能になってしまいます。こうしてルールを勝手に拡大解釈している実態があきらかになりました。もちろん、国民である私たちは何も知らされていないわけです。

 また、警察庁は内部通達したルールのなかで、「文書管理等を含めた保秘の徹底」を定めています。そのため、大阪府警はこの事件において作成したメモや記録をすべて廃棄していました。私たちが証拠開示請求を繰り返しても何も出てこなかったのは、そのためだったのです。

 GPS端末を取り付けられた彼も、それを見つけたときに現物を保管していませんでした。そこで私は彼からGPS端末を発見した時の状況(経緯や時期、場所、取り付けられていた位置や取り付け方など)をできる限り具体的かつ詳細に話してもらい、書面にして裁判所に提出しました。「嘘ではここまで書けない」というぐらいの内容です。一種の賭けでしたが、検察官は捜査の過程でGPS端末を取り付けたことを認めました。そのうえでGPS捜査は任意捜査であり、令状をとらなくても適法であると主張してきたのです。

 この裁判は、わが国で初めてGPS捜査の適法性に関する判断が示される重要な裁判になる。しかしその費用はどこからも出ません。そこで同期の弁護士仲間に声をかけ、共感してくれた6人で弁護団を組み、臨むことになりました。

 私たちは大阪府警がGPS端末を借りていた会社に対して、弁護士法に基づく照会をしてさまざまな情報を入手しました。契約者の氏名や契約時期をはじめ、借りていた期間や台数、実際に取得していた位置情報の履歴などです。その結果、大阪府警は警察庁が内部ルールを作成し通達する前からGPS捜査をしていたことがわかりました。さらに証拠開示請求を繰り返した結果、大阪府警が被告人の彼らが使用する車両や交際相手の車両など合計19台にGPS端末を取り付けていたこともあきらかになりました。その間、ひんぱんに位置情報の取得がおこなわれていたわけです。

 実はこの裁判の間、共犯者の公判において「GPS捜査は任意捜査であり、令状をとらずに行っても適法である」という判断が出されました。GPSで取得できる位置情報は正確ではないというのも理由にされていました。

 これは大きな痛手です。そこで私たち弁護団は実験によってGPS位置情報サービスが24時間いつでも位置情報を取得できること、条件がよければわずか数メートルの誤差しか生じないことなどを証明し、いかに正確で、プライバシーを侵害するおそれがあるかを主張しました。

憲法35条に関する重要な判断を示した最高裁

 2015年6月、大阪地裁は令状のないGPS捜査は違法だとする判決を下しました。先に出ていた共犯者に対する判決とは真逆の判断です。しかし同時に私たちが主張していた「GPS捜査に特化した法律をつくり、それに基づく令状をとったうえで捜査すること、つまり法制化が必要である」という部分は認められませんでした。これでは国民の間で議論されないまま、またどのようなルールに基づいてGPS捜査がなされているのかがはっきりしないままであることに変わりありません。

 私たちはまた被告人と話し合いました。裁判は地裁、高裁、最高裁と3度のチャンスがあります。しかしいったん認められた主張がひっくり返るリスクもあります。慎重に被告人の意思を確認しながら、それでも高裁へ控訴、そして最高裁への上告へと進みました。

 2017年3月、最高裁判所大法廷は、GPS捜査を令状の必要な強制処分にあたるとし、さらに「GPS捜査が今後も広く用いられ得る有力な捜査手法であるとすれば、その特質に着目して憲法、刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい」という判断を示しました。被告人と弁護団がリスクを冒してもこだわりたかった点が認められたのです。

 特に憲法35条に関して、非常に重要な判断を示した箇所があります。憲法35条は「住所、書類および所持品について侵入、捜索、押収されることのない権利」を保障しています。今回の最高裁判決では、この規定の保障対象には住所、書類および所持品に限らず、「これらに准ずる私的領域に侵入される権利が含まれる」という判断が示されました。これは憲法35条に関する新しい解釈を示すものであり、非常に重要かつ意義のある判決と言われています。

 ただ、課題は残っています。最高裁が認めた法制化の必要性ですが、実際には具体化が進んでいません。一方で、スマートフォンを使った位置情報取得については、捜査機関が令状を示せば携帯電話事業者が情報を提供するという仕組みがすでにあります。そうした機能を実装している端末がどれなのかはあきらかにされていません。使っている端末によっては、自分の位置情報が知らない間に捜査機関に提供されてしまうという可能性があるわけです。

 つまりあえて法制化せずとも、より簡単かつルールを曖昧にしたまま、GPS捜査ができるということです。

 裁判を通じて、私たち弁護団は「プライバシーとは何か」について何度も話し合いました。この事件は「悪いことをした人の問題」ではなく、私たちが人権やプライバシーをどう考えるかを問われる問題です。

 最後に、アメリカの国家安全保障局(NSA)が世界中の通信情報を掌握しようとしていることを告発したエドワード・スノーデンさんはこのように話しています。

「私たちはいろんな情報に触れ、いろんな人とコミュニケーションをとる。そのなかで自分の価値観やアイデンティティーを形成し、表現する。まだ誰にも知られず、何の介入もされずに自分のアイデンティティーをつくっていく過程を守るものがプライバシーだ」

「プライバシーなんて必要ないと言う人がいるが、それは話したいことがなければ言論の自由は必要ないというのと同じぐらい危険なことだ。プライバシーは悪いことを隠すためでなく、自分が自分であるために必要な権利なんだ」

 時代が進み、私たちの生活がどんなに便利になっても、個人のプライバシーのもつ価値は変わらないと私は考えます。国民を監視する社会ではなく、個人の尊厳が守られる社会であってほしいと願ってやみません。そのために私も力を尽くしていきたいと思っています。


●国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議
同会議では2002年から様々な人権課題をテーマに「プレ講座」を開講している。今年度は「ネット社会を生きる私たちの情報リテラシー」をテーマに5回連続で講座がひらかれた。