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2011/10/12
地方で性的マイノリティーを生きる


ニュースUP:地方で性的マイノリティーを生きる=松山支局・栗田亨

<おおさか発・プラスアルファ>
◇時間かけ居場所作り

同性愛者や性同一性障害者などセクシュアルマイノリティー(性的少数者)がカミングアウト(告白)して生きることは、比較的しがらみの少ない大都会でも難しい。地方都市ではなおさらだ。四国の地方都市にあって、約20年前にカミングアウトした男性が、当事者が相談し合える居場所作りに奮闘している。松山市から報告する。

■「家を継ぐ者は」

「この家はどうなってしまうのか。子供ができなければ、家は絶えてしまう。わびるため、ご先祖様に手を合わせに墓に通っている」

初老の男性が声を上げた。昨年11月、性的少数者の当事者でつくるNPO法人「レインボープライド愛媛」主催で開いた「当事者の家族の思いを聞く学習会」でのひとこまである。松山市の会社員で同NPO代表のエディさん(41)=愛称=は驚いた。発言者はエディさんの父親だった。普段口数の少ない父は、半分泣いているようでもあった。

予兆はあった。参加したある当事者の親子の話を聞いた父は、合間の休憩に「きれいごとすぎる」と不満をもらした。エディさんがカミングアウトした時には「おまえが幸せに生きることが一番や」と声を掛けてくれた父は、「理屈では理解できても感情では割り切れない部分がある」とも漏らしていた。その父が積年の思いをぶちまけた。つられるように、他の参加者も自分の思いを発言し始めた。

この日の学習会は「あんな面白い会はなかった」と好評だった。エディさんは「主催者としては大成功でした」と淡々と語る。21歳で家族に打ち明け、20年近く両親と話し合いを続けた余裕かもしれない。しかし、そこに至る道は平坦(へいたん)ではなかった。

エディさんが自分を同性愛者だと自覚したのは小学4年生の時だ。成人するまでだれにも言えず、一人悩んだ。「この家を継ぐのはおまえぞ」。長男として生まれ、祖父母からそう言われてきたからだ。

地方都市で同性愛者が仲間を見つけることは難しい。初めて行動したのは高校1年の時だ。専門雑誌の文通コーナーに投稿した。自宅に全国から数十通の手紙が舞い込んだが、「怖くなって」放置してしまった。数年がたち、地元の大学2年生の時、初めて仲間に巡り合った。やはり雑誌の文通コーナーを通じてだ。2人で初めて市内のゲイバーを訪ね、そこに集まる性的少数者のコミュニティーに触れて世界が広がった。

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毎日新聞

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