Be FLAT:10代の人権情報ネットワーク

人権関連トピックス

一覧ページへ

2012/12/21
【読売新聞】広域避難・高齢者のケア


 

【読売新聞】広域避難・高齢者のケア
(上)慣れぬ生活 体調に異変
(上)慣れぬ生活 体調に異変
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=69862
(中)交流会 引きこもり防ぐ
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=69934
(下)認知症患者 戸惑わせない
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=70018

(上)慣れぬ生活 体調に異変

東京電力福島第一原発の事故で避難した人々は、住み慣れない土地で2度目の冬を迎えた。避難生活は、特に高齢者にとって過酷だ。これ以上の震災関連死を防ぐためにも、私たちはどうすればいいのか。支援のあり方を考えた。

夫は心労が増し 実母は食細り…

「安全宣言が出た双葉の家に連れて帰りたい。納骨はその後だと思っているの」

福島県双葉町から千葉市内の長男の元に避難している堀内美智子さん(76)は、家族2人の遺骨を手元に残している。夫の元右(もとすけ)さん(享年75歳)と、実母の勢喜(せき)さん(享年100歳)。

東日本大震災の翌日、堀内さんは車を運転し、まだ元気だった2人と原発から3キロの距離にある自宅を離れた。

まず元右さんを南相馬市内の病院に入院させた。慢性腎不全の元右さんは、停電のため、自宅で透析が出来なくなっていた。

その後、堀内さんと勢喜さんは自動車で山中を約30キロ走り、川俣町の小学校の体育館に身を寄せた。勢喜さんは、同じように避難してきた知り合いとあいさつするなど落ち着いていたが、夜半になると、拳を握って、突然「うわぁーっ」と叫びだした。

勢喜さんは、華道教室の現役の指導者で、身だしなみに気を使い、テレビのニュースや新聞のチェックも欠かさなかった。叫ぶさまは「初めてみる母の姿だった」と堀内さんは振り返る。

夜が明け、「母を落ち着かせたい」と、千葉市内にいる堀内さんの長男の元へ向かうことに。あたりが暗くなると、勢喜さんの様子がまた変わった。ハンドルを握る堀内さんのことをタクシーの運転手だと思いこみ、「今日は遅いんで出直します。降ろしてください」と言い続けた。

長男一家の家に着いたのは、震災から3日後。今度は元右さんが入院した病院から「食料も薬品も届かない。食事が出せない」と連絡が入った。堀内さんは、長男と共に再び福島に。

千葉に落ち着いた勢喜さんは、昨年秋ごろから、夜になると突然起き出して、知人の名を呼び外に出ようとするようになった。寝付くまで堀内さんは起きて付き合った。だんだん足腰がたたなくなり寝たきりに。昼夜が逆転し、食も徐々に細くなっていった。

インターネットで双葉町の写真を探しては「帰りたいなぁ」と言っていた元右さんは昨年9月に腹膜炎を起こして入院し、約2か月後、心不全などで亡くなった。堀内さんは「にこにこしてそばにいてくれたけど、心労が重なったのでしょう」と話す。葬儀では、元右さんが、病院から、きょうだいや多くの友人に電話をしていたことを知らされた。元右さんは震災関連死と認定された。

今年2月に100歳の誕生日を迎えた勢喜さんも4月、心不全で亡くなった。「一度も、地震の話も福島の話もしなかった。もしかしたら、千葉にいるということものみ込めていなかったのかもしれない」。最近になって、勢喜さんについても震災関連死の申請準備を始めたが、「書類を書いていると色んなことを思い出して、悔しくて筆が止まってしまう」という。

 

続きを読む

読売新聞

(上)慣れぬ生活 体調に異変

(中)交流会 引きこもり防ぐ

(下)認知症患者 戸惑わせない

 

関連キーワード:

一覧ページへ