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2017/03/27
【文春オンライン】「バリバラ」日比野和雅プロデューサーに聞く


 

【文春オンライン】「バリバラ」日比野和雅プロデューサーに聞く
#1日本一攻めているバラエティ「バリバラ」はどうやって生まれたのか?
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文春オンライン
#1日本一攻めているバラエティ「バリバラ」はどうやって生まれたのか?
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170325-00001855-bunshun-ent
http://bunshun.jp/articles/-/1855
#2障害者バラエティ「バリバラ」が「やっちゃいけない」を突破できた理由
http://bunshun.jp/articles/-/1856

#1日本一攻めているバラエティ「バリバラ」はどうやって生まれたのか?

いま地上波のテレビでもっともアナーキーな局がNHK・Eテレであることは、もはやテレビ好きにとっては“常識”と言っても過言ではない。それを象徴する番組のひとつが障害者やマイノリティによるバラエティ番組『バリバラ』だ。それまでの障害者番組=福祉という常識を打ち破り、そこに「笑い」を持ち込んだ。

昨年は、日本テレビ『24時間テレビ』の真裏に生放送で障害者を感動的にだけ扱う「感動ポルノ」を批判するなど挑戦的だ。この番組がどのようにして生まれたのか、どう企画を通し実現したのか。この番組を立ち上げたプロデューサー・日比野和雅氏に話を聞いた。(以下敬称略)

福祉番組の「感動ポルノ」的な作りを脱出したかった

日比野は最初、耳を疑ったという。大阪放送局の制作部長(当時)の泉谷八千代にこう言われたのだ。

「『きらっといきる』をどうやって終わらせるか考えときや」

泉谷は『バリバラ』の前身の福祉番組『きらっといきる』を立ち上げた張本人だった。日比野はもともとNHKに入局して5年ほどは『あすの福祉』などの福祉番組を制作していたが、その後「美術系の番組をやりたい」と希望し、東京で約10年、美術番組を手がけ「幸せな」日々を送っていた。

だが、2009年、突然日比野は大阪に呼び戻され『きらっといきる』のプロデューサーに就任したのだ。

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