|
|
|
|
世の“常識”に首をかしげながらも、女だから、嫁だから、親だからと言動を抑えてしまう―――。そんな経験はありませんか。「常識の呪縛から解放されたら楽になる」と言うのは、ノンフィクション作家の門野晴子さん(62)。32歳からはじまった“常識”との闘いについて語っていただきます。
| |
| |
|
|
「家事育児のできない男は人間じゃない」
「女たちよ、介護を放棄しよう」 などとあちこちで発言をしている私は、いつしか「過激な門野」と言われるようになっちゃったんですが、そんな考え方は今に始まったわけじゃない。長年、世間の“常識”と闘ってきたからこそ、なんです。
闘いの始まりは、上の子が岐阜の公立小学校に入学した32歳の時。PTA総会で渡された予算案のプリントを見て、「この項目は何のためですか」と質問をした。いつもシャンシャンと終わっていた総会で、女が質問するとは何事か。で、あっという間に「変な人」「反逆児」のレッテルを貼られちゃったのね。
根が真面目だから、私は教育基本法や教育関係の本を読み、それからも学校の管理体制など疑問を感じることに「おかしい」と発言を続けたんです。すると地域ぐるみでいじめられる構造ができてしまった。日曜日に一人で映画を見に行ったら、近所のじいさんばあさんが「ご主人に子どもをお守りさせるなんて」と説教しに来たのだから相当のもの。思わず、
「よけいなお世話だ。放っといてくれ」 と言っちゃった。その後、東京・足立区、奈良・斑鳩に移り住んだのですが、地域が変わっても構造は同じ。「私がはずれているのだろうか」と思ったこともあったけど、女性問題の勉強会に参加して、
元60年安保の闘士で市民運動をやっていたおねえさんたちに事情を話すと、 「あんたが正しい」 と言ってくれたじゃない。やっぱり、とうれしかった。私は彼女らに育てられたんです。
ところが数年後、フェミニストたちとは女の人権という点で意見が一致しても、彼女らのほとんどは「子どもの人権の代弁者」として主張する私とは一線が出来る。化粧をして、赤い服を着てフェミニズムの集会に行けば糾弾されるような体質も「ちょっと違うんじゃない」と思えてきた。「子どもの人権、親の教育権」を主張した市民運動はまあまあ展開できたものの、PTAでも地域でも浮きっぱなし、やっと見つけたフェミニストの居場所でも疎外感を味わって。いろいろな本に書いてある理念と実践は別の次元かもしれないと悩んだのね、あの頃。
でも、女性問題を勉強するうちに、世間の常識なんてくそくらえだと思うようになってきたんです。「私の人生の“主人”は私自身。自分の信じる道を歩こう」とね。
といっても、旧家の長男の嫁という立場で奈良・斑鳩で暮らした7年間は、封建的な家制度と闘わなきゃならなかったから大変だった。女だから、嫁だからと舅の世話を押し付けられ、どんなに重荷だったことか。舅を蹴飛ばしてやりたい衝動に何度も駆られました。
「権力や慣習などの“常識”の呪縛から、私の“生”を解き放さなければ」 そう思って、血族が並ぶ座の一番端に座った姑の葬式の後の精進上げの宴は、そこそこに座を立って喪服を脱ぎ捨てたし、当たり前のように「晴子、お茶入れて」と言う叔父には「あんたに呼び捨てにされる覚えはない。自分のことは自分でやりなさい」と応酬した。町内会の集まりに行って近所のおっさんたちに「男を出せ」と言われた時は、ジョークを交えて「じゃあ、今から性転換してきてやるよ」と返せるようになった。スウェーデンの性教育の本を読んで「子どもにも固有の性と生の権利」という子育ての指針を見いだし、ボーイフレンドと同棲したいと言い出した当時高校生の娘を、周りが何と言おうと応援しましたね。
貧乏になることを覚悟で思い切って離婚したのも、家制度という“呪縛”から私の“生”を解放させるための手段だったわけ。その後は「一緒に住みたい」と上京してきた元舅に一から家事を教えて立派な主夫に育てたこともあったし、この8年間は寝たきりの母の介護で役所とわたり合う日々が続いています。
公私にわたって世の常識と闘ってきた中で思うのは、「おかしい」と思うことにフタをして生きるのは、そのおかしな制度を肯定し、自動的に加担することになるのだということ。私の感性を信じて、自分の運命は自分で切り開いて生きて行きたい――と思うのよね。誰のためでもない、1回こっきりの私自身の人生なんだから。
(次回は、高齢者問題のページで介護について語っていただきます)
|
|
|
|
|
|
門野晴子(かどのはるこ) ノンフィクション作家。1937年東京都生まれ。PTA活動をきっかけに教育問題に取り組み、1982年わが子の受験問題を描いた『わが家の思春記』(現代書館)を発表。以後、学校教育や老人介護などをテーマに執筆、講演活動を行っている。著書に『老親を棄てられますか』(主婦の友社・講談社文庫)(2000年10月映画化上映)、『寝たきり婆あ猛語録』『寝たきり婆あたちあがる』(以上講談社)(NHK連続テレビ小説「天うらら」の原案)、『ワガババ介護日誌』『切っても切れないワガババ介護』(以上海竜社)など。劇団朋友「わがパパわがママ奮斗記」舞台化=主演長山藍子:文化庁芸術祭大賞受賞。
| |
|
|
|
|
|
|
|
|
このページの一番上へ
|