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漫才の世界から見えてきたジェンダー

 吉本興業のタレントとして活躍中の亀山房代さんは、1989年から12年間、元「ザ・ぼんち」の里見まさとさんとコンビを組んで舞台やテレビに出ていた元漫才師。漫才の男女コンビといえば、夫婦か元夫婦が定番なので、そうでないコンビの第一号だった。当初は「あの2人はどういう関係?」といった観客からのセクハラ視線にさらされたが、正統派の漫才に取り組み人気を得た。そんな中で見えてきたというのが、漫才の世界のジェンダー。亀山さんに話を聞いた。

生き残りたい、と漫才師志願

----そもそも漫才師になったきっかけから教えてください。

 短大時代に、吉本興業で庶務のアルバイトをしたんですが、その時、上司に「君はタレントに向いている」と勧められたのがきっかけです。
 当時の吉本は、女性社員といえば電話とりやお茶組みのOLさんばかりの体質から、男女雇用機会均等法の影響で4年制大学を出た女性をマネージャーなどに採用しはじめた頃。芸人では、東京吉本で、斎藤ゆう子さんや野沢直子さんがコテコテでないバラエティアイドルとしてブレイクしていたので、大阪でもそういうタイプのタレントを出していこうと、会社としての方向もあったのだと思います。
 テレビ番組などで「交通はこちらです」と案内するようなアシスタント仕事をするうち、「この道で生き残っていくためには舞台に立たなアカン」と思ったんです。けど、お芝居が苦手だったので、自分の素のままを出していきたい、と。その頃、「ザ・ぼんち」を解散して1人で活動してらっしゃった里美まさとさんと一緒に司会の仕事をすることが増えてきて、まさとさんとコンビを組むことになったんです。

----タイミングがあった?

 一言でいうとタイミングかもしれませんが、ちょっと違うかな。
 例えばカラオケ大会の司会の時、「僕が司会の里見まさとです」「私がアシスタントの亀山房代です」といって舞台に出ていくのですが、最初の出演者を呼ぶ前に、元漫才師のまさとさんとしては客席をわっと沸せたい。だから、「僕がこう言うから、君はこのセリフを言いなさい」と。まさとさんと一緒に仕事をするにつれ、そういうのが増えていき、私は漫才で言うところの「つかみ」を覚えていくことになったんです。客席が湧いたら、そりゃあうれしい。
 一方で、素人あがりなのにデビューしたてからテレビに出させてもらっていたことへの、先輩たちからの「何者でもないくせに」という風当たりを感じていたこともあり、他の人に負けない確かなものを持ちたいという気持ちも強かった。それで、まさとさんに「私に漫才を教えてください」と頼んだんです。

----生き残りたい、他の人に負けないものを身につけたい、という強い意志だったのですね。それは、一般企業で働く人にも共通する思いかもしれませんね。

 そうかも、ですね。漫才を教えてくれという私に、まさとさんは「アホそうにせなあかんけど、アホそうにしていることがばれてもアカンのが漫才や。難しいよ」「売れるかどうか保証できないけど、何があっても3年間辛抱できるか」と。もちろん、「はい」と答えました。
 人生計画に足を一歩突っ込んだからには、絶対に中途でやめたらアカン。
 企業とかのことはよく分かりませんが、「こんなにうるさいこと言われるんやったらヤメや」と思う人はそれまでやと思います。

 

客席からセクハラ視線

----かくして15歳年上の男性、里見まさとさんとのコンビが誕生。漫才の世界からジェンダーが見えてきたとは、どういうことですか?

 南都雄二・みやこ蝶々さん、鳳啓介・京唄子さん、敏江・玲二さん、大介・花子さん、かつみ・さゆりさん……、男女コンビの漫才といえば、歴代、夫婦か元夫婦でしょう。舞台でボロクソに言い合っても、ドツキあってもお客さんは2人が夫婦だと分かっているから笑っていられる。艶っぽい話や「ねえお父ちゃん」「うっふん」も笑いになる。離婚や結婚を繰り返さはった唄子師匠のところも、それをネタにできる。お客さんのほうは「悪口言ってても、やっぱり好き同士なのやな」「元夫婦やから、分かりあってるのやな」。“夫婦円満いい話”的な笑いが、庶民の笑いの文化であり歴史だったんです。
 そういった先入観がお客さんにあるわけですから、まさとさんと私が舞台に出ていくと、お客さんからまずセクハラな視線が飛んでくる。「あの2人はどういう関係か」という視線です。「つきあってるのかな」「親子かな」「親戚かな」「夫婦にしたら年が離れてるから、愛人かな」……。
 漫才は、舞台に出ていって最初の「つかみ」でまず笑わせて、お客さんに「面白い」「楽しい」というスイッチを入れてもらわないとアカン。そこから始まって、最後の「どうもありがとうございました」という時に「わ〜」と笑ってもらうように計算した話術の方程式があるんです。それなのに、私たちの漫才が始まっても、客席は「あの2人はどういう関係か」とばかり考えはって、笑うどころやない。4個か5個目のオチになって、やっと笑ってくれるところにもっていける。会社の人からは「ツカミしぶってるな」と思われていたわけです。

----つらいですね〜。

 漫才は、お客さんたちが憂さを晴らすために見るものでしょ。夫婦漫才は下世話なネタとか差別的なネタとか、ギリギリのところで笑わせてナンボ、の世界。セクハラになるようなことを言っても、夫婦ならセクハラじゃないんです。
 そんなこれまでの枠組みの中で、夫婦でないまさとさんと私が笑いをとっていくにはどうしたらいいか。私たちは、逆手にとろうとルールを決めたんです。一切下ネタはしない、と。つまり、浮気がどうのとか顔が不細工やとか、それまでの男女コンビのネタのパターンを踏まずに、私が男になろう、と。

 
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