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子ども虐待
ネットと人権
子ども虐待ー子どもの権利、子どもの人権ー

インターネットは「個人発信」を可能にするメディアである。
ネット上ではプロ、アマチュア、子ども、障害者、高齢者、女性、男性に関係なく誰もがその才能や意見を世界に発信することができる。2000年5月、こうしたインターネットの世界に「冤罪 狭山事件」というホームページが立ち上がった。夫の無実をひとりでも多くの人に訴えたいと願う、石川早智子さんによる手作りのページだ。

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夫の無実を一人でも多くの人に伝えたくて。


 戦後の主要な冤罪事件として常にあげられる「狭山事件」(1)。犯人とされた被差別部落出身の青年、石川一雄さんは31年7カ月もの拘禁生活を強いられ、いまなお再審の扉は開かれていない。再審請求については国会でもたびたびとりあげられたが、結果的には26年間、現場検証、証人尋問さえなく2度までも再審請求は棄却された。石川一雄さんは現在も無実を訴え続けている。

 妻の早智子さんは当初は支援者であり、一雄さんの仮出所後1996年に結婚。公私ともに良きパートナーとして一雄さんの闘いを支えている。「昨年、再審が棄却されたときは、やはりショックでした。しばらくは何も手につかない状態で・・・」と、一雄さん。
「私も、これだけの無実を示す証拠(2)がありながら、なぜ、どうして、という思いでいっぱいでした。だからこそホームページを立ち上げなければ、と気持ちが固まりました」それは早智子さんにとって土壇場の、大決心だった。


若い人に狭山事件を知ってもらうことが冤罪をなくすることにつながると思うんです。

 早智子さんは第2次再審請求が棄却されるまでずっと狭山事件の再審について、高裁と高検に手紙を出す運動を続けてきた。しかし、手紙を書きながら“このままでは再審の扉は開かれないのではないか・・・”と漠然とした不安に襲われていたのも事実だ。
「狭山事件が発生して37年になります。当時生まれた人が成人して親になっている。こうした若い世代の人々にも“無実を訴え続けている石川一雄という人がいる”ことを伝えていかなければ。若い人に狭山事件を知ってもらうことが冤罪をなくすることにつながると思うんです」
そのために、もっと説得力のある方法はないかと模索していたときにインターネットを知った。ミニコミをつくる感覚で、しかも読者は全世界にひろがっている。
 「最初は、パソコンを使ってホームページをつくるなんて私にできるわけがない、って決めてかかっていました。だってホントに機械が苦手で、ワープロさえほとんど触ったことがなかったんですよ。」
あれこれ迷っているうちに、第二次再審請求が棄却。
もう逃げてはいられない。早智子さんのパソコン教室通いがはじまった。
しかし、スイッチの入れ方、キーの打ち方という初歩の初歩からホームページ制作ソフトを使用した「冤罪 狭山事件」の制作まで、悪戦苦闘の日々。パソコン教室に通いはじめた頃は、操作が苦痛で何日もパソコンの前に座らない日もあったとか。
「難しくて、本当に何度も落ち込んで、ようやく『冤罪 狭山事件』を立ち上げました。でも、ホームページって更新していかなきゃならない。これはけっこう大変なことに手をつけちゃったなぁって(笑)」
ところが習うより慣れろ、とはよく言ったもので、いまではパソコンの操作も「楽しい」と感じている。早智子さんは、まさしく岩をも通す一念でホームページを我がものにしたのである。




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