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障害者

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2001/11/16
施設コンフリクト 第5回


偏見の眼を怖れ、内にこもってしまう家族
治療を受けて、Aさんの病状はよくなりましたか。
「今は近くの病院へ2週間に1回、通院してます。作業所にも通ってます。でもきつい薬を飲んだり注射を打ったりしてるから、朝は朦朧としてる。無理にでも引っ張り出さないと、動きません。通院にも必ずついていかなあかん。大変やけど、放っておいたらまた元に戻ってしまうから。僕は定年になったからできるけど、仕事してはる両親は大変やと思います」
作業所では他のメンバーさんとうまくやっているんですか。
「いや、時々どうしても『行かない』と言い張る時もあります。そんな時はしばらく休んで様子を見ます。でもソフトボール大会やキャンプなんかのイベントがある時は、僕もいっしょに多少無理しても参加してます。行ったら行ったで元気に楽しんでるんですわ。普段『しんどい、しんどい』言うてるのに、どこにあれだけのパワーがあるんだと思うぐらい。表情も明るくなるしね」
遊びが楽しいのは誰でも同じですよね。
「それでいいと思うんですわ。親も一緒に行ってよその家庭や子どもの様子を見たり、悩みを話し合ったりすれば気も楽になるし、また違う眼で自分の子どもも見られるようになる。僕は精神障害者や『ひきこもり』の親の会の世話役をさせてもらってるんですけど、そこではとにかく親を励ますんです。『お父さん、お母さん、気落ちせずにがんばってくださいよ』と。特に何年もひきこもっているのに医者にも診せてないという家庭のなかでは、母親が自殺したり、子どものことを『交通事故にでも遭って死んでくれたらいい』と本気で言う父親がいたりします。みんな、自分の子どもが精神病だと診断されるのが怖くて余計つらい思いをしてはる。その気持ちもわかりますよ。僕も障害者会館でつくったビデオにいったんは出演したんですが、家族や親戚の猛反対にあって、最終的にはカットしてもらいました。家族のなかに精神障害者がいるということは、ものすごいプレッシャーなんです」
Tさんも、親としてさまざまな思いがおありだったでしょうね。
「ありますね。『自分たちの行いが悪いから、子どもがこうなったんじゃないか』とかね。それは僕だけじゃなく、親はみんな同じようなことを考えて、自分を責めます。でもそこにこだわっていてもしょうがないから、僕もあちこちの施設や病院を見学に行ったり、『親の会』の全国大会に出たりして勉強してます。そのなかでいろんなお父さんやお母さんとつきあいさせてもらってるんですけど、いろんな家庭がありますね。それぞれ事情が違うから、一概に『こんな家庭は問題だ』とは言えません」
本人が適切な治療を受けて社会復帰するためにも、親に対する支援は不可欠ですね。
「そうです。親同士が話し合いをしたり、相談できる場所が欲しい。親が参ってしまうと、どうしようもありませんから」

自分が死んだら、息子はどうなるのか
大変な時期もありましたが、今は『親の会』の世話役をされたりして、かなり積極的に活動されていますね。相談できる仲間や、支えてくれる人もいるようですし。今、一番不安なことは何ですか。
「自分が死んだ後、息子はどうなるのか。それは親ならみんな持っている不安です。きょうだいも嫌がりますから。僕が生きてる間はなんとか食べさせていけるし、病院にだって死ぬまで通いますよ。でも僕が死んだら、と思うともうどうしたらいいのかわかりません。それに息子といっしょに作業所に出入りしてたら、みんなと顔馴染みになってしまってね。自分の子どものことだけじゃなく、みんなができる自立を何か考えたいなと思ってますねん」
親や家がなくなっても、地域に生活できる場や治療を受けられることが保証されていると安心ですよね。
「だから施設をつくることを地域の人に反対されると、つらいし残念です。反発しあうだけじゃなくて、話し合いや交流をしていきたいと思うんですけど・・・。『親の会』といっても、まだまだ世間体を気にして、出てくる親も少ない。親同士がどこまで連帯できるかということも大事ですね。親もどんどん高齢化してるし、早く環境を整えてやりたいと切実に思います」


ひきこもる若者や精神障害者に対する世間の眼は厳しい。とりわけ親に対しては、子育ての責任を追及する声も多い。しかしその声が、今まさに苦しんでいる家族をさらに追い詰め、適切な診断や治療を 受ける機会を逃すことにつながっている。最近にわかにクローズアップされ始めた「ひきこもり」の理由や原因はひとくくりにできないし、多角的な視点で見る必要があるだろう。また、精神病が「子育ての失敗」からくるものではないことは言うまでもない。しかし実際には、親は自分を責め、周囲からも責められ、偏見にさらされている。
家のなかではどんな修羅場が繰り広げられていようと、周囲にはひた隠しにし、ひっそりと暮らす家族。「こころの病」がかつてないほど社会的な問題として議論されている一方で、多くの家族が相談すらできないまま孤立している現実がある。
自分たちが住む地域に障害者施設ができることを、「貧乏クジをひかされた」と表現する人がいる。しかしひきこもりや精神障害を「他人ごと」としてとらえ、排除する社会は、結局誰にとっても生きにくい社会ではないだろうか。
今、Tさん親子が住む大阪市西成区では、精神障害をもつ人が就労訓練や生活訓練、相談などを受けられる「ふれあいの里」の建設がすすんでいる。施設コンフリクトで揺れた「ふれあいの里」だが、大阪市では初の試みとなる総合的な社会復帰施設である。自立を目指して地道な努力を続ける人たちが住み慣れた地域で安心して暮らせるようになるために、今後もこのような施設が街につくられ、地域に根付いていくことは欠かせない。


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