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精神病でまちおこし 浦河べてるの家

2003/11/21


北海道は襟裳岬の近くに位置する、人口約1万6千人の町・浦河町。この小さな町にある、精神障害をかかえた人たちの有限会社・社会福祉法人「浦河べてるの家」は今、多くの人の注目を集めている。「病気になってよかった」と胸を張るメンバー、トラブルを起こす人に「順調だね」と声をかけるソーシャルワーカー。“真面目”に精神医療の貧困や精神病に対する差別を憂える人を脱力させ、新たなエネルギーを注入してしまう不思議な人たち。そのユニークで豊かな発想とは・・・。

精神病でまちおこし 浦河べてるの家

幻聴と妄想の世界をみんなで楽しむ

2003年5月17日。浦河町のメインストリートに面した町民ホールは、全国から集まった約530人の人たちで埋め尽くされた。毎年5月に開かれる「べてるの家」の総会は、今や知る人ぞ知る浦河町の名物行事。毎年泊りがけで参加し、自ら「べてらー」「おべてりあん」と名乗る人もいるほどだ。
総会では、過去1年間の活動報告や今後の抱負などを当事者が順番に語る。胸を張って海産物を加工した新製品をちゃっかり売り込んだり、ユーモアたっぷりに仲間や自分自身を褒めるたびに、笑いと拍手が巻き起こる。
当事者や参加者がもっとも楽しみにしているのが「G&M大会」。Gは幻覚、Mは妄想の頭文字。過去1年間でべてるのメンバーたちが経験した幻覚や妄想、それにまつわる言動の数々からユニークなものが選ばれ、表彰されるのである。
精神病の忌むべき症状としてとらえられている幻覚と妄想を、「べてるの家」では否定しない。それどころか幻聴を「幻聴さん」と呼んで親しみ、「2階の窓から緑色の牛が覗いた」という妄想にとらわれた人の話をメンバーたちが真面目に議論する。それが「2階の窓から覗いたということは、足が長い牛だったのか、キリンのように首が長い牛だったのか」という議論だというのだから、幻聴・妄想と聞いて身構える人は何とも言えない脱力感にとらわれることになる。「治療しなくてもいいのか」と疑問を抱く人もいるだろう。しかしこうした精神病との向き合い方こそが「べてるの家」の原点なのだ。

「悩む力」を大切に

G&M大会の様子 今もなお暗く悲惨なイメージがつきまとう精神病。幻聴や妄想といった独特な症状のせいもあって、多くの人が仕事や家族・友人などの人間関係、すなわち社会との接点を失ってしまう。それがまた当事者から気力や自信を失わせ、さらに病気を悪化させ、いよいよ一般社会から遠ざかる……という悪循環をたどることになる。これは差別や偏見に基づいた隔離医療が犯した大きな過ちであることに間違いはない。そこで「心ある」医療者や支援者は何とか精神病を治癒あるいは克服させ、“社会復帰”できるよう力を尽くす。しかし「べてるの家」は、一般にイメージされるような「病気や障害を克服し、健常者と同じように生活する」社会復帰を目指してはいない。自ら「社会復帰を目指さないソーシャルワーカー」を名乗る向谷地生良(むかいやち・いくよし)さんは、こう語る。
「いわゆる精神障害をもっていない人でも、この社会には生きづらいことがいろいろあります。私のように仕事があって収入があり、それなりに社会的安定を保障された者でも苦労や不安が絶えない。まして精神障害を体験した人が生きていくには、二重三重のハンディがあるわけです。それなのに自立や元気を求め、それらを前提とした社会復帰を促すのはおかしいのではないかと思うんですよ」。
確かに、病気や障害をもたずに社会生活を営んでいる人にも悩みや不安はある。仕事があってもリストラや倒産の不安はあるし、家庭があれば夫婦げんかや子育てに悩んだりもする。人は生きている限り、悩み続ける存在なのかもしれない。逆にいえば、悩むからこそ人間であるといえる。「べてるの家」では、これを「悩む力」と表現し、大切にしているのである。