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戦後60年と人権

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2005/10/14
置き去りにされた過去は戻らない。すべて孤児の責任ですか-中国残留孤児問題


「国の責任であることを認めてほしい」

現在、大阪訴訟の原告数は144人。松田さんにとっても、1年半前から団長という責任を背負っての闘いが始まっ た。同じ立場の人たちとはいえ、お互いの気持ちを理解し、信用を得るには時間もかかる。連絡ひとつにしても電話代、交通費と負担も加わった。この春にはス トレスからか体調を崩し入院もした。それでも「個人では国は相手にしてくれず、裁判で訴えるしかない」と話す。
大阪地裁の不当判決に「他国に残された孤児も、自国で戦争被害に遭った孤児も同じ被害者だとする判決。なぜ同じですか」と語気を強める松田さん。
「日本にいれば日本の教育を受けられる。日本語を話せる。日本の習慣が身につく。残留孤児は子どもの時から働き、学校に行けなかった人も多くて、日本語を 勉強してもなかなか身につかない。それが苦しいんです。なぜ孤児の責任にするのですか。金の問題じゃない。この気持ちを分かってもらいたい。私らが生きて る間に歴史の1ページを残したいんです」
しかし、裁判で負けたとは思っていないという。この2年間集会に出たり、ビラを配ったりと努力を続けてきたからだ。裁判を起こしたことで新聞やテレビ番組に取り上げられ、提訴前と比べて、残留孤児の存在を分かってもらえたことも大きい。
判決後、全国の原告・弁護団の代表が厚生労働省を訪れ、孤児の生活を保障する給付金制度の創設などを求めて要求書を提出した。原告側がモデルとするの は、北朝鮮拉致被害者の支援法である。「本人の意に反して異国に何十年も置き去りにされた」とする拉致被害者には、帰国後5年間、単身者に月額17万円、 夫婦で24万円が支給される。家族も含め、日本語教育や就労支援もある。
松田さんはつけ加えた。「彼らは日本語もできる。親も、兄弟もいる。政府も支援している。でも私たちはだれも相手にしてくれない。苦しいです。私たちの失った過去はもう戻らない。この苦しい人生が孤児の責任ではなく、国の責任であることを認めてほしいです」

言葉の壁により、ささいな出来事から逮捕へ

「日本人ならざる日本人」といわれる中国残留孤児。「自分はいったい何者なのか、なぜこんなに苦しまなきゃならないのか、差別されなきゃならないのか」と出口のない暗闇で苦しんできた人が多い。
大阪訴訟の原告の一人、坂本文雄さんは夢にまで見た祖国に帰国しながら、61歳で息を引き取った。89年、肉親が見つからないまま45歳での帰国だっ た。国はその前年から日本語教育を4カ月から1年に延長していたが、この年齢ではほとんど身につかなかった。中国人の妻と長男、長女の4人家族、中国では 木工技術者だったが言葉がネックとなって技術を生かせる仕事には就けず、職を転々として93年ごろから生活保護を受け始めた。
2年前に事は起きた。あまりにもささいな事件だった。中学生の長男に倹約してやっと買った自転車が団地の置場からなくなり、自転車廃棄場所で見つかった のだ。それも前輪が古いものに交換され、ブレーキも壊された状態だった。団地で決められたシールがはられてないことで、自治会に不要品として扱われたの だ。不要自転車撤去の日程は事前に通知されていたが、言葉がわからない坂本さんらには読めず、シールがもらえることも伝わっていなかった。そうしたいきさ つを飲み込めないまま自治会長に抗議したが取り合ってもらえず、切羽詰まった坂本さんは自治会長の胸ぐらをつかむなどしたことで警察が呼ばれ、公務執行妨 害と自治会長への暴行障害での逮捕となった。大阪地裁は昨年2月、懲役1年6カ月、執行猶予3年を言い渡した。
「日中友好雄鷹会」は同年2月から、受験前の長男の家庭教師役や一家の生活支援をしてきた。しかし、坂本さんは重なるストレスからか、夏にはガンが転位 した脳腫瘍との診断。手術も行ったが容態が悪化し、10月に亡くなってしまった。雄鷹会が葬儀の手配からその後の家族の支援も行ってきた。自治会長は「私 は残留孤児の家族がどういう人たちで、何をどうしなければいけないかを行政から何の指導も受けたことはない」と話している。言葉が通じないだけで起きた悲 しい事件である。

これまで帰国した残留孤児は約2500人。きっと私たちが想像もつかない2500通りの壮絶な人生がある。私たちは同じ日本人として、その人生を風化させてしまってはならない。彼らが「帰ってきてよかった」と声に出せる老後を実現するために。

(8月9日インタビュー text:上村悦子)

日中友好雄鷹会
「日中友好反戦平和」「二度と中国帰国者を生み出さない」という活動理念の下、帰国者の地位の向上や生活権利の獲得、中国帰国者問題の全面的解決に向け て、自立と解放を目指して、日本語教育や生活支援など暮らしに根ざした支援を続けている。東京を本部に、神奈川、千葉、埼玉、茨城、宮城、静岡、愛知、三 重、岐阜、大阪、香川に事務局をおく。会員数は家族単位で50~60家族以上。
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