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えん罪を考える

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2011/09/28
感情を共有する警察・検察とメディア 鳥越俊太郎さん


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——えん罪の被害者になる人は社会的に弱い立場の人が多いように思います。

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 警察がまず目をつけるのがそういう人なんです。布川事件でなぜ桜井さんと杉山さんがパクられたかわかりますか? 2人とも不良だった。そこで「あいつらがやったに違いない」という話がつくられた。過去のえん罪はだいたいそうです。狭山事件の石川さんもそうでしょう。被差別部落に生まれ、学校にも満足に行けなかった石川さんをもともと差別的に見る空気があった。警察はそれに乗っかってがんがんやっちゃう。裁判官も一緒にやっちゃう。脅迫文を書いたという万年筆が3回目の家宅捜索で見つかるとか、実際に使われたインクの色とあきらかに違うとか、警察がいかにずさんな嘘をついてきたか。

 こういうえん罪事件を、ぼくはイヤというほど取材してきました。裁判官にもしっかりしてほしいけど、メディアが裁判批判をきちんとやらないとダメだと思う。判決が出たら、もうそれが最終的な結論みたいに扱ってしまうでしょう。メディアがもっと調査能力や取材能力を身につけて、「判決ではこう言っているが、我々の取材によるとそれは違う」と批判すればいい。

——えん罪を食い止めるには、何が必要でしょうか?

 1990年に起きた足利事件の菅家さんは2010年にえん罪が晴れましたが、1992年に起きた飯塚事件はえん罪の疑いが濃いにも関わらず、死刑が執行されました。福岡県飯塚市で久間さんという人が女の子2人を殺害したという容疑で逮捕されて、指紋などの直接証拠が何もないのに死刑判決が下されたんです。遺体周辺にあった血痕と久間さんのDNAが鑑定で一致したというんですが、当時のDNA鑑定は精度の低いものでした。しかも菅家さんのDNA鑑定をした3人のうち2人が関わっている。久間さんは一貫して否認していたにも関わらず死刑が確定し、あっという間に処刑されました。

 ぼくは今でも久間さんはえん罪だと思っています。自分が生きている間に何とかこのえん罪を晴らしたいという気持ちがある。だけど、本人が亡くなっているうえに、警察が被疑者と思われるDNAの資料を全部なくしてるんですよ。だから対照するDNAがない。久間さんのDNAは刑務所に入っている時に使っていた布団や枕を取り寄せて、そこから髪の毛などを採取して筑波大学で鑑定しました。久間さんのDNAは今の技術であきらかになった。それと被疑者のものと思われるDNAを突き合わせれば、違うということがおそらくわかると思うんだけど、肝心のDNAがない。最近は科学捜査がもてはやされているけれど、科学捜査も警察に都合よく使われることがある。なのにマスコミはすぐひっかかってしまう。科学捜査という名前に惑わされず、独自に取材、検証しなければ。それがひとつ。

 もうひとつは、ほとんどの人が取り調べ段階でやっていないことを「やりました」と自供させられているという事実。自供調書をとられ、それが裁判で有罪の証拠になる。戦後に改正された刑事訴訟法では、証拠は自白だけではダメで、物的証拠も必要だとされているんですが、実際には裁判官が「任意性がある」と判断すれば証拠になるということになっている。だから警察や検察がつくったストーリーに無理やり合わせて「やりました」と言わせ、裁判で有罪にするえん罪が絶えないわけです。

 えん罪をなくすには、取り調べの過程をすべて可視化しなくてはダメだとぼくは主張しています。一方、検察庁は全面可視化は取り調べがやりにくくなるから部分可視化だと。しかし部分可視化では、最終的に「やりました」と言っている部分だけを撮る可能性があり、むしろ怖いと思う。

   100%可視化しない限り、えん罪はなくならないでしょう。もしぼくが身に覚えのない罪で逮捕されたら、今は絶対に認めないと思っているけど、実際に留置場に入れられて20数日間取り調べられたら、「辛い、早く楽になりたい。とりあえず今は認めて、裁判で無実を主張しよう」という気になるかもしれない。みんなそうやって無実の罪を「認めて」いるんですよ。

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