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直面する人権課題

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2017/02/17
人口変動 漂流する高齢者 ほっとプラス 代表理事 ソーシャルワーカー 藤田 孝典さん


国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議では毎年様々な切り口で人権をテーマにした「プレ講座」を開講している。2016年度のテーマは「直面する人権課題を考える」。連続講座の様子を報告する。

人口変動 漂流する高齢者 ほっとプラス 代表理事 ソーシャルワーカー 藤田 孝典さん

少子高齢化とともに人口減少社会へと転換し、家族などの支援を受けられず、貧困に陥る高齢者が増えています。こうした現状に対して、どのような支援や仕組みが必要なのでしょうか。

データから浮かび上がる「下流老人」

 学生時代からホームレス支援などに関わってきました。現在はソーシャルワーカーとしてさいたま市を中心に生活困窮者支援の活動をしています。私が代表理事を務めるNPO法人「ほっとプラス」では、年間500件の相談を受けています。10代から80代まで幅広い年代の方が相談に来られますが、最近は特に60代の方からの相談が非常に多いのが特徴です。その内容から見えてきた現状や実態を切り口に、高齢世代の貧困問題について話したいと思います。

 まず、日本の貧困の現状をみますと、国民の貧困率(相対的貧困率)は16.1%で、OECD加盟国の34カ国中、6番目に高い数値です(2011年OECD調査)。所得にすると、1人世帯が125万円未満、2人世帯が170万円未満、3人世帯が210万円未満、4人世帯で245万円未満が貧困ラインです。そのうち、高齢者(65歳以上)の貧困率は18.0%で、高齢者の5人に1人は貧困であるというのが現状です(「国民生活基礎調査」2011年)。単身になるとさらに上がり、単身高齢男性の38.3%、単身高齢女性になると52.3%が貧困です。この高い数字から、高齢期は誰もが貧困に陥る可能性があると言えるでしょう。

 私は『下流老人』というタイトルの本を出しました。下流老人とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」と定義しています。さいたま市の場合、生活保護基準は12万7000円程度です。これは単身高齢者で、生活扶助と住宅扶助の合計額です。これぐらいの収入で暮らしている人がどんどん増えているわけです。  健康で持ち家があれば、なんとか暮らせるかもしれません。しかし医療費や介護費がかかるようになると、とたんに生活は苦しくなります。現在、下流老人に該当する人は700万人いると類推されていますが、高齢化が一気に進んでいく今後はさらに増えるでしょう。

低年金の高齢者が追い詰められて

 では下流老人の暮らしとは、具体的にどういうものでしょうか。私たちが受けた相談からご紹介します。

 家族や友人がおらず、年中部屋に引きこもり、テレビをみて過ごしている人は少なくありません。収入が少ないため、電車やバスにもなかなか乗れません。インスタントラーメンや卵かけご飯が主な食事で、栄養が極端に偏っているうえに、1日3食まともにとれない状態です。医療費が払えないため、持病があっても通院や入院治療を拒否し、痛みに苦しみながら自宅療養をしています。お弁当を2個盗み、「刑務所に入れてもらいたい」と言ったおじいさんがいました。こうしたケースが日常的にあります。

 さらに大きな事件につながることもあります。2015年に起きた川崎市の簡易宿泊所火災事件では、10名の犠牲者のうち、ほとんどが高齢の単身男性でした。また、2016年には東海道新幹線の車内で、高齢男性が焼身自殺を図り、1人が巻き添えになって亡くなりました。これらの事件の背景には、低所得高齢者が利用できる福祉施設や住まいが不足していることがあります。日本は先進諸国のなかでも公営住宅の少なさが突出しています。かといって民間住宅の家賃補助制度なども不十分で、低年金の高齢者は家賃の高い都市部での住居が維持できません。また、比較的利用しやすい特別養護老人ホームは16万人待ちといわれています。こうした現状のもと、多くの高齢者が住まいを追われ、狭く危険な簡易宿泊所へ追い込まれるという実態があります。

「恥」意識が支援を遠ざける

 高齢者の雇用問題もあります。2016年1月に、軽井沢スキーバス事故事件が起こりました。スキー場へ向かうバスが崖下に転落し、15名の若者が亡くなりました。運転手は65歳の男性で、年金が少ないため、働かざるを得なかったという報道がありました。持病を抱えていたのではとの情報もあります。身寄りがなく、遺体の引き取りもありませんでした。孤立していた可能性が高いとされています。

 これは特殊なケースではありません。現在、年金が少ないために働く高齢者が実に700万人を超えています。特に65歳から74歳までの前期高齢者は約半数が働いています。しかも最低賃金が低いため、過酷な深夜労働をしなければ生活がままなりません。

 埼玉県深谷市では2015年に、生活保護申請中だった47歳の娘が、81歳の母と74歳の父とともに利根川に入水自殺するという事件が起こりました。母は認知症で、一家を養ってきた父も病気に倒れ、生活保護を申請しながら心中を選びました。「生活保護を受けるぐらいなら死んだほうがいい」と父親が口にしたことが背景にあるのではと言われています。

 このように「収入がなくなったら死ぬしかない」と思っている人が多いのが日本の特徴です。海外の研究者と話す機会も多いのですが、「なぜ制度を使わずに死んでしまうのか、理解できない」と言われます。生活保護に対する認識を改めなければ、要保護世帯を発見することの困難さにつながり、今後もこうした事件が次々と起こるのではと危惧しています。

高齢期の幸福度を増すために

 今はうまくいっていても、思わぬことからあっという間に貧困や社会的孤立に陥り、「下流老人」となる可能性があります。

 いくつかのパターンをご紹介しましょう。まず、子どものパラサイトによる共倒れです。長年、自宅にひきこもっている子どもを扶養していた70代の夫婦は、養育費と自分たちの医療費の負担が重なり、生活困窮に陥りました。非正規雇用による低賃金、過重労働による精神疾患など、若者の労働環境の悪化によって、こうしたケースは増えていくと思われます。

 次に、熟年離婚による資産分与です。夫の定年後に協議離婚し、資産や年金が折半されて、それぞれの生活が立ちゆかなくなってしまいます。

 そして、認知症による防衛力の低下です。認知症の自覚がない単身高齢者は、詐欺や訪問販売による金銭被害に遭いやすいのです。認知症の有病率は、85歳以上で40%超といわれており、早めの対策が求められます。

 どうしても暗い話になってしまいますが、下流化を防ぐ手立てもあります。まず、何といっても生活保護制度を正しく理解しておくこと。正当な理由があり、収入が最低生活費に達していなければ、生活保護は受けられます。「住民票(住所)がない」「労働収入や年金がある」「家族や親族と同居している」という場合も受給可能です。また、生活に必要な資産を手放す必要はありません。

 社会保障や福祉制度もどんどん活用しましょう。医療費・高度療養費助成制度や無料低額診療事業制度、介護保険制度、障害者総合支援法などがあります。困ったときには、使える制度がないかをソーシャルワーカーに相談してください。

 老後も働くことを前提にした生活シフトなど、個人で備えておく意識と同時に、シルバー人材センターとの連携など高齢者に対する就労支援や現物給付策など社会的な仕組みも必要です。経済的な観点だけでなく、地域社会へ積極的に参加する、趣味の世界をもつなどして身近に相談できる関係性を複数もっておくのもおすすめします。「関係性の貧困」をなくすことが、高齢期の幸福度を上げます。

 困窮する人が増えているのも事実ですが、支援したいという人も大勢います。自虐的な貧困観から脱し、助けてもらうことに躊躇しない「受援力」を身につけたいものです。お互い声をかけあい、助け合い、「暮らしにくさ」を変えていきましょう。


●国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議
同会議では2002年から様々な人権課題をテーマに「プレ講座」を開講している。今年度のテーマは「直面する人権課題を考える」。「子どもの貧困を減らすためにできることは?」「同性婚はなぜ認められないの?」「人工知能(AI)の進化とこれからの社会」「人口変動 漂流する高齢者」「分断社会を終わらせる:格差問題への新たな提案知憲」をテーマに5回連続で講座がひらかれる。

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