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障害者

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2010/06/22
映画「アイ・ラヴ・ユー」のご紹介
日本で初めて、ろう者と聴者の共同制作による映画が完成しました。ろう者と聴者との間にある葛藤や絆、ろう者の日常生活など、これまでにないリアリティーあふれる映画となりました。映画の紹介と共に、主演の忍足亜希子(おしだりあきこ)さんと手話コーディネーターの妹尾映美子(せおえみこ)さんに、撮影中のエピソードなどを2回にわたって語っていただきます。




水越朝子は、消防士の夫・隆一と小学1年生の娘・愛と共に静岡市の郊外に住んでいる。隆一や愛との会話は、すべて手話。特に愛は、耳の聞こえない母を何かと手助けしようとする、おませでしっかりした子どもに育っていた。平凡ながら幸せな日々を送っていた朝子たちに、ある日思いがけないことが起きた。愛と手話で話す朝子を見たクラスメートが、「お前のかあちゃん、変な奴!」と、愛をからかい始めたのだ。
「自分がろう者であることが原因で、娘がいじめられている・・・」。ショックを受ける朝子。愛の担任の先生は「耳の聞こえない人に思いやりをもちましょう」と子どもたちに言ってはくれるのだが、それは朝子の思いとは違っていた。朝子が愛に伝えたいものは、「思いやり」や「かわいそう」という感情ではなかった。耳が聞こえなくても母と娘の気持ちが通じ合う幸せや、手話で話す楽しさこそを愛に感じてほしかったのだ。
朝子は、そんな自分の思いを身を持って伝えようと、かねてから誘われていたろう者劇団に入る。「手話の表現力を生かせば、自分たちにしかできない面白い芝居ができるはず」という強い決意を胸に。そんな朝子の行く手には、悲喜こもごものアクシデントが待ちかまえているのだった・・・。




シリーズ第2回
'99年10月から全国各地で上映が始まった、映画『アイ・ラヴ・ユー』。

デビュー作にして主役を演じた忍足亜希子さんは連日、テレビや雑誌を始めとする多くの取材を受けている。一見、控えめな印象の彼女だが、手話で語り出すと、その表情はとても豊かでくるくると変わる。真剣なまなざしで演技について語ったかと思うと、次の瞬間には茶目っ気たっぷりに失敗談を披露し、顔をくしゃくしゃにして笑う。男女を問わず、「なんてかわいい人なんだろう」と思わずにいられない魅力を持つ、忍足亜希子さん。手話コーディネーターの妹尾映美子さんは、映画の撮影中ずっと忍足さんに付き添い、プライベートではよき友人でもある。今回は妹尾さんに、忍足さんの魅力と、撮影中のエピソードなどを聞いた。

映画の撮影というのは、とにかく待ち時間が多いんです。打ち合わせや準備などに、とても時間がかかるんですね。そのうえ、いつでも演技できるように集中力は保っておかないといけないので、待ってる間に疲れてしまうんです。でも彼女は、絶対に愚痴を言わない。「疲れた」「どうしてこんなに時間がかかるの」などということは、一度も言いませんでした。今回がデビュー作ですが、女優としての基本的な「芯」を持っている人です。

たとえば、こんなことがありました。演技上で台詞を言いながら泣くシーンがあったのですが、なかなか気持ちを集中できず、焦ってしまって涙も出ません。何度も何度も監督から「ダメ出し」が出て、時間だけが過ぎていきました。私はもう見ていられず、少しの時間をいただき、彼女を別の部屋へ連れて行きました。そして「全国のろう者があなたを応援してるよ。ろう者の代表だと思って、がんばろうよ」と言いながら彼女を抱きしめた時、思わず涙があふれました。その振動が彼女に伝わり、私が泣いていることを知った彼女も泣きました。
私はすぐに、彼女をそのまま現場へ戻しました。撮影が再開され、彼女は素晴しい演技をしました。もちろんオーケーが出ました。あの時のことを思い出すと、今も胸が痛みます。
彼女はどんな壁にぶつかっても、あきらめずに努力する人。磨けば磨くほど輝く可能性をいっぱい持っています。この可能性がうまく引き出されるチャンスに出会えることを心から願っています。

妹尾さん自身は、聴者である。しかし日本ろう者劇団と出会ったことがきっかけで、ろう者との交流が始まり、手話を覚えた。

入団当時から長い間、聴者は私ひとりでした。みんなが手話でさかんに会話をしているのに、私は何を話しているのかさっぱりわからないんですね。すると、手話を知らない私のレベルに合わせて、ゆっくりわかりやすく話してくれました。言葉(手話)を知らない私に合わせるのは、ずいぶん大変だったと思います。その心遣いが嬉しかった。日本語があまりわからない外国人と接する時、私たちはゆっくり話したり、身振り手振りを交えながら説明したりしますよね。ろう者と聴者の関係も同じだと思うんです。聞こえないということを特別に意識してしまうから、どう接すればいいのかわからなかったり、変に遠慮してしまう。違う文化を持つ、たとえば外国人のように思えば、もっと素直にろう者と交流できるのではないでしょうか。
手話ができると、楽しいこともいろいろあります。よく新幹線のホームで、話したくても話せず、もどかしそうにしている人を見かけます。でも手話なら、新幹線が動き出すまで話せます。ダイビング中も、大きな道路を隔てていても、コミュニケーションがとれるんです。
ろう者には、ろうの文化があります。でも聴者の文化も知っている。いわばろう者は、2つの文化を持つバイリンガルなのだと思います。また、「障害という壁を乗り越えて」という言葉を聴者はよく使いますが、その「壁」をつくっているのは、聴者自身ではないかと感じます。互いの違いを認め合う、尊重し合う気持ちを大切にしてほしいと思います。



ろう者 (耳が聞こえない人)
一般に「聴覚障害者」と呼ばれることが多いが、ろう者たちの間には「耳が聞こえないのは『障害』ではない。ろう者は手話という言語を母語とするマイノリティーである」という考え方がある。同じく一般的に使われる「健聴者」という言葉にも、「聞こえることが健全だ」というニュアンスがあるため、聴者(=耳が聞こえる人)という言葉を用いた。

主演女優 忍足亜希子(おしだりあきこ)
オーディションで、約30人のなかから選ばれた。演技は、未経験。不安はあったが、両親や友人に励まされながら大役を務めあげた。撮影中に悔しかったのは、「泣くシーンで、なかなか泣けなかった時」。悲しかったことを思い出せば泣けるよと監督にアドバイスされたが、気持ちをつくる難しさに途方に暮れた。逆に楽しかったのは、映画のなかで劇中劇『美女と野獣』を演じたこと。「映画と舞台の芝居の違いを経験できたのが、よかったですね」と手話で語る。母親役で始まった女優業だが、「今度はコメディタッチの恋愛ものをやりたい」と、やや照れながら言う。憧れの女優はメグ・ライアン。
幼い頃、「お母さんの耳をひとつちょうだい」と泣きながらねだった少女は、「ろう者であることを誇りに思ってる。これからはテレビドラマにも出たいし、ファッションモデルもやってみたい」と目を輝かせる女性に成長した。29歳。





製作:こぶしプロダクション
監督:大澤 豊、米内山 明宏
主演:忍足 亜希子
撮影協力:静岡県豊田町

シリーズ第1回はこちら
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