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晴野まゆみさん辛かったクリーンな裁判

 被害そのものをファースト・レイプとすれば、法廷で被害を語るときに受ける屈辱などの被害をセカンド・レイプ、マスコミのプライバシー侵害をサード・レ−プ(またはインジュアリ)と呼ぶ。晴野さんは、支援者たちとの関係性に、4番目の傷を感じることになった。

「原告A子」である私は生身の人間じゃないですか。それなのに、支援の会の方針は「クリーンな裁判」だから、公判の席で被告側証人が「原告はだらしのない女だ」「性的な話題が好きな女だ」とひどい証言を繰り広げても、取り乱してはいけない。傍聴席から「異義あり」の声も飛ばない。
 あるとき、法廷で被告側証人がふてぶてしい態度で嘘の証言をするのを聞き、私は感情を押さえ切れなくなりました。その直後、その証人と廊下ですれ違ったときに、思わず彼に平手打ちをしてしまったんです。エキセントリックな行為が、裁判にとって良くないことは承知でしたが、そのとき、私はそこまで追い詰められていたのです。
「何てことしたの?」
「せっかく、ここまできたのに」
「この裁判は、あなた一人の裁判じゃないのよ」
 弁護人と支援者から、私は非難されました。被告側証人と弁護団に謝罪しろと言われ、苦しみました。
 誰も、「何があなたをそこまで追い詰めたのか」とは聞いてくれなかった。支援の会の人たちにとっては、どんなときも「まず、裁判ありき」だったんですよね。「それは違う、私の痛みを分かって」と思っても、どうすることもできない。その後、裁判が終わるまで、弁護団と支援の会の意向を受け入れることになりました。

 

全面勝訴の判決を伝える新聞記事
全面勝訴の判決を伝える新聞記事

全面勝訴。本名の「私」に戻る

 1992年4月16日。裁判所は、元上司の中傷を認め、「働く女性の評価を低下させる不法行為」と違法性を認定。「会社も使用者責任を負う」として、「全面勝訴」の判決がくだった。セクハラに耐えた2年半、提訴までの1年余り、そして2年8カ月の係争。晴野さんの6年半の歳月の闘いが実ったのだ。被告側は控訴を断念。晴野さんは達成感を味わうと共に、これで「原告A子」から「晴野まゆみ」に戻れると思った。しかし、「原告A子」からの解放は、支援の会の人々との関係性を遮断することと裏表となった。

「主文。被告○○及び被告株式会社○○は、原告に対し、連体して金165万円を支払え」 
 という判決を聞いたときは、喜びが全身を駆け巡りました。もともと、「絶対に勝てる」と思って提訴したわけではなく、「5年後、10年後に続く人たちのために」と思う部分が大きかった裁判だっただけに、全面勝訴の喜びはひとしおでした。

 勝訴した後、男性週刊誌から手記の執筆依頼が来ました。それまで、沈黙を保ってきただけに、私はもうそろそろ自分の言葉で語りたいと思ったんですが、被告側弁護団長の手記が先に掲載された後だったこともあり、弁護団と支援の会の人たちに猛反対されたんです。
「匿名で闘って来て、勝ったのに、興味本意かもしれない男性週刊誌に書いては、せっかくの裁判が汚される。裁判を支援してくれた女たちの団体を裏切ることになる」
 と。でも、私はライターです。書き手として、率直な思いを伝えたい。興味本意で読む人が多いとしても、そうでない人もいるはずだ。男性読者の一人にでも二人にでも、私の気持ちを伝えたい。悩んだ末にそう思い、自分の判断で、仮名で手記を書きました。それが結果的に、支援の会の人たちと決定的に袖を分かつことになってしまいました。

 勝訴10年目の2001年、セクハラを受けたときから勝訴するまでを綴り、『さらば、原告A子』という本にまとめました。原稿を書くことは、自分の体験の追体験だったんですが、我ながらよく頑張って来たなあと思う。「どんな状況になっても、明日は立ち上がってやる」の一念でやってきたと思います。

 

 晴野さんは、自分はセクハラに遭うまで、「漠然と男尊女卑は嫌だと思いながらも、性差による差別について無自覚だった」と振り返る。一連の体験により、「性差別を見た場合、見て見ぬふりをしたり、こんなものでしょうとあきらめたりするのではなく、『間違っているよ』と言えるようになった」と言う。

 裁判に持ち込めたのも、全面勝訴を勝ち取れたのも、弁護団と支援の会の尽力があってこそだ。だが、裁判が進行して行く間に、晴野さんが彼女らから、さまざまな「プレッシャー」や「痛み」を受けることになったのも、また事実である。「支援の会の人たちは、裁判を有利に進めることに必死だったため、当事者の気持ちとズレていくことになったのだろう」と受け止めている。

 全面勝訴から10年。「被告も男社会の犠牲者だったと思うようになった」そうだ。「仕事で女に負けるのは男のメンツが立たない」という思い込みや、「女は男の従属物」という男性の考え方は、「男らしさ」「女らしさ」に固執した価値観の下に生まれてきたのだから、と。

 後に続く人にメッセージとして、晴野さんはこう語った。
「自分のことでも周囲のことでも、セクハラの被害や環境に対して『ノーだ』と意思表示するのが大切。遭ってしまった時は、裁判に持ち込むかどうかは慎重に。私のように、裁判を起こす人がいる一方で、さまざまな事情から裁判を起こさない、起こせない被害者もいるが、裁判を起こしたから勇気がある、起こさないから勇気がない、ということではないと思う。被害を聞いた周囲の人は、被害者の気持ちに寄り添ってあげてほしい」

晴野まゆみ

フリーライター。1957年、東京都生まれ。福岡の大学を卒業後、勤務した編集プロダクションで、上司からセクシュアル・ハラスメントを受ける。同社解雇後の1989年、「福岡セクハラ裁判」を福岡地裁に提訴。1992年、全面勝訴の判決を勝ち取る。著書に『さらば、原告A子』(海鳥社)ほか。



本の紹介

さらば、原告A子

さらば、原告A子

福岡セクシュアル・ハラスメント裁判手記

晴野まゆみ 著

海鳥社発行 1,600円+消費税

※本の写真をクリックすると、amazonのホームページから本を購入することができます。

 


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