ふらっとNOW

部落

一覧ページへ

2001/02/04
部落の食文化 前編 うちのムラに食べにおいで


さいぼし
さいぼし
「高校時代、修学旅行先で夜中にかばんから”さいぼし”を出してきた子がいた。恥ずかしそうに『お母さんが持って行きって言うから』って。それを見て私は胸がドキドキしたよ。『この子も部落の子やったんや。でも他のみんなはどう思うやろ』って。でもみんな『おいしい、おいしい』って全部食べてしまった。あの時の気持ちは、今も忘れられへん」(40代)
「中学時代、親戚のおばちゃんとスーパーに行ったら、さいぼしを『干し肉』って書いて売ってた。『これ、干し肉と違う。さいぼしや』って言ったら、『そんなこと大きな声で言うたらあかん』って怒られた。さいぼしを知ってること、食べてることは隠さないとあかんのやと思った」(30代)

40代以上になると、同じムラのなかで、あるいは離れたムラから、大きな荷物を背負って行商にやってくる人からその日のおかずを買ったという人が多い。「せっかく来てくれたのに、売れ残ったらかわいそうや。せやから近所にも声かけて、みんなでできるだけ買ってたわ」
「ムラのなかには、店もそんなになかったし」
今、ムラにはスーパーがあり、食生活も大きく変わった。「肉といえば、ホルモン」というかつての『常識』は、もう若い人には通用しない。ところが興味深いことに、ムラの外では『ムラの味』が注目され、人気を集めるようになってきた。
「最近、あちこちのお好み焼き屋さんにホルモンやかす入りのお好み焼きがあるよねえ」
「この前、テレビでタレントがさいぼしを紹介してたわ。他の出演者が『おいしいですね。どこで買えるんですか」って聞いたら、『これはちょっと特別な所でしか買えないんですわ』って言ってた(笑い)」
もともとムラでも高級品だったさいぼしはともかく、今やホルモンやあぶらかすもヘタな肉よりも高い値段がつけられている。
部落外の人間が見向きもしなかったものを、手をかけ工夫をこらして売り物やおかずにし、文字通り「食べてきた」ムラの人たち。「おいしい」となれば、そんな部落の歴史や食文化の背景も知らずに飛びつく風潮を、彼女たちはどう受け止めているのだろうか。
「おいしいって言ってくれるのは、素直に嬉しいわ。うちは息子の友だちもどんどん家に来てもらって、ホルモンの天ぷらやテッチャン鍋を食べてもらうねん。みんな、よう食べるで。ムラに出向いてきてもらうことが大事やと思う」
「鳥取に旅行した時、小さなスーパーで真空パックのさいぼしを売ってるのを見た。品名もちゃんと『さいぼし』って表示してあったのに感激したわ。食肉業者もがんばってる」
「結局、おいしいもんはおいしいねん。私らは自信持って言える。それが外へ出ていくのは、必然やね。でも差別の結果としてこういう食べ物ができたことをないがしろにされることには、やっぱり複雑な思いもある。それによく売れるようになって大手メーカーが材料を買い占めて、大量生産を始めたら、私らが守ってきた味が違うものになってしまうし、部落産業が廃れてしまうという怖れは感じるわ」
ムラの内外を隔ててきた垣根がなくなりつつあることを実感しながらも、苦労や苦い思いを重ねながらつくりあげてきた『ムラの食べ物』の行方を少し複雑な思いで見守っている・・・というのが、現在の彼女たちの思いであるようだ。
おいしいものは、人を幸せな気持ちにさせる。新しい味に出会うことは、やや大げさにいえば人生の喜びだ。だがその時、味の背景にあるものに少し想像をめぐらせてみてはどうだろうか。お好み焼きやテッチャン鍋を食べるのに、「部落差別の歴史を知ろう」などと大上段に構える必要はないが、食べ物の歴史や料理の由来を知ることは、味わいをより深く豊かなものへとするはずだから。
写真提供:お食事処「岳(たけ)」
12
関連キーワード:

一覧ページへ