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2001/05/18
看護はやる気のある人がやるべき専門職


患者さんの気持ちに沿う看護をしたい

技士として勤めていた時代を含めると、病院勤務は12年間。僕はずっと女性が多い職場にいるわけです。今の職場は、看護職約100人のうち男性は僕を含めて二人。「女性の上司の下で働くのはどんなものか」と友達に聞かれることもありますが、上司は上司、仕事は仕事と割り切っています。
ただ、今から思えば、病棟勤務の当直の時など女性の看護婦は男の僕と二人きりになるのに抵抗があったのかもしれません。年配の看護婦と一緒のローテーションが組まれていたから。でも、そういうことは僕にとっては大きな問題ではない。本来の仕事を遂行することが大切といつも思ってきました。


向田さんと同僚の方々


「向田君だから、こんな話するけど・・」
と言って夫婦ゲンカした話をしてくる女性の患者さんもいれば、
「ちょっと聞いてよね」
と、病院の対応へのクレームを気やすく言ってくる患者さんもいます。それは僕が男性だからという理由とは限らない。僕という人間への言葉だと思います。退院された患者さんから、お礼の言葉や手紙が届くのが、何より励みになりますね。
今所属している透析室の患者さんは、生活のリズムを作れないなどいろんなしんどい問題を抱えておられるんですが、患者さんがそんな苦痛を吐き出せる相手に僕はなりたい・・と思うのも、男性女性うんぬんではなく看護職としての志です。
もっとも、男性の患者さんが下の世話などで男の看護士のケアを望むこともあれば、男性の医師が「ちょっと飲みに行こう」と看護職の我々を誘いたい時に僕はちょうどよい存在でもあるようで、そういう意味ではちょっと得をしているかな(笑)。いや、看護学校のときに自分の子どもが生まれたこともあって出産に興味があるのですが、産婦人科に男の看護士を受け入れる体勢はないし、女性の看護婦のケアを望まれる患者さんもおられるから、男だから得だ、損だということはやはりないでしょうね。
いずれにしても、僕は一生の仕事としてこの仕事を選んだのだから、スキルも磨きたいし、昇進もしたい。将来的には、臨床経験を積んだあと、看護学校の教員になりたいと思っています。

看護婦・看護士数と割合


向田悟さん 向田 悟(むこた・さとる)
看護士。1968年大阪府生まれ。遺伝子工学関係の専門学校を卒業後、京都市の病院に技士として勤務。その後、働きながら看護学校に学び、1993年に准看護士資格、1996年に看護士国家資格取得。現在、大阪府枚方市の香里ケ丘有恵会病院透析室主任。
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