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2004/10/22
ともに語り、ともに重い荷を肩からおろそう


仕方なかったんだ

勘当されても選んだ学生結婚。卒業後は希望の福祉施設に就職したものの、ここでも「過去」が顔を出した。親子関係のケースワークを行っていると、子どもたちの姿が幼い日の妹と重なった。修学旅行に行っていて自分だけが自殺現場を見なかったことが、負い目となっていたのだ。特に年下の妹に対しては「自分だけ凄惨な現場を見てなくてごめんね、ママになついていたのに自分だけ一緒に暮らしてごめんね」といつも謝っている自分がいた。思い出すと、電車の中でも泣けてきた。父を助けられなかったことも含め、そうした罪を背負うような思いは自分の身体を傷めることに作用し、体調も思わしくなく、身体をこわしては満足していた。
鹿児島生まれ、鹿児島育ちの佐藤さん。大好きだった鹿児島の山や川が、父の死後、帰るたびに辛い場所へと変わっていった。それでも、その都度、見に行かなければ納得できなかったかつての我が家。10年あまり経ったある日、その家は取り壊され、跡地には目新しいアパートが建ち、見知らぬ人たちの新しい暮らしが始まっていた。
「その時、初めて父の死が認められた。14歳の時から止まってい時間がしっかりと動き出しました」
7~8年前からは、父の自殺について人前で語れるようになった。「私のせいじゃなかった。私は子どもだったんだから仕方なかった」と思えるようになったのである。

 

一生言わないと思っていたのに・・・

13年前から子育てや離婚の相談を受けるカウンセリングスペース「リブ」を仲間とともに開いている。その中で「親の自殺を語る会」を開くようになったのは2002年の春からだ。自殺で親を亡くした学生たちが「あしなが育英会」から出した文集『自殺って言えなかった』を読んだのがきっかけである。「同じように罪を背負っている人がいるんやな」と共感できた。自殺への偏見や差別から、「なかなか口に出せないことだからこそ、体験者である自分が声をあげることが大事だと思った」と語る。

カウンセリングスペース「リブ」の看板

参加者は2~3人の日があれば、20人という日も。とにかく集まって、思いを語り、聞くという会だ。年齢層は10代から60代までとさまざまだが、共通しているのは親を自殺で亡くしていることと、何歳の人であれ、みんな自殺を経験した年齢のままで時間がストップしていること。
「会を通して感じるのは、虐待や親の失踪、離婚など人生においての他のトラブルから回復していく経過と基本的には同じだという点。違うのは親の自殺はなかなか言葉に出せないことです」
会では「きょう初めて話せました」という人が多い。「一生言わないと思っていたのに、死ぬまでに口にできました」と静かに話す60代の女性もいた。そして、ほとんどの人が抱えているのが「あの時、自分が○○していたら、親は自殺しなかったかもしれない」という自責の念。追い込まれ、大人になってうつ病になる場合も多いそうだ。

 

男らしさ、女らしさに縛られないで

自殺予防にはうつ病の早い発見・治療をはじめ幅広い対策が求められているが、佐藤さんは自殺の一因として「ジェンダー役割」をあげている。
「男性の自殺の多くの原因は会社の経営不振や倒産、失業など金銭的な問題、つまり男性に期待される役割が上手くいかなかった時。女性の場合は夫のDVや姑との確執、子育てなど、女性役割が上手くいかない場合が多い。今後、自殺をなくしていくのに必要なのは、ジェンダーフリー(男らしさ、女らしさに縛られずに生きること)の視点ではないでしょうか。たとえ会社で役職がなくなったとしても、それで死ぬことはないという気持ちを大事に育てていかなければいけない。女男のワクをはずした子育てが大切だと思います」

CSL通信の実物写真
カウンセリングスペース「リブ」で隔月発行する「CSL通信」

佐藤さんの父親も「俺が養ってやる」「大きい家に住ませてやる」と、男性っぽい人だった。当時は「強くてカッコいいな」と思っていたその父親が、あっけなく死んでしまったのだ。その影響で思春期以降、男性っぽい人、上に立とうとするを見ると嫌悪感を感じるようになってしまったそうである。
「父親が自殺した場合、妻には世間の同情や励ましはあっても、子どもは母親をサポートする存在にさせられ、放っておかれるケースが多いんです。『わがままを言っていいのよ』といわれることはなく、『事情をよく考えて生きなさい』ばかり。それが痛みになってしまう。それを会に来た段階でも信じ込んでいる方がいます」と佐藤さん。そうした子ども時代のケア不足で、残された親子関係が悪くなっている場合も多いようだ。
会の参加者で、稀に個人相談をしたいと、個別カウンセリングに移るケースもある。親の自殺をなかったこととしている場合が多いので、自分の人生で本当に起きた事実、あるいは自分の歴史として納得するために、共に事実をたどっていく作業だ。そして、自殺者に別れを告げ、その人は死んだという前提でつきあっていけるようにしていくのだという。
「親を自殺で失った子は、『これを言ってはダメ』『だれかを傷つけちゃいけない』とタブーがいっぱい。『死』という言葉に妙に敏感になり、そういう言葉を使っただけで、親の自殺を見たことが原因だとか思ってしまう。だから『そうではないよ』と誰かが言ってあげなければいけない。また、自殺現場を見た人も多いので、大人になったその人たちの子ども時代に一緒に戻って、『置いてきぼりにされてきたんやね、あなたたちは悪くないんだよ。ここからは大人がするから、子どものあなたは心配せんでいいよ』と言ってあげなければ思うんです」
佐藤さんは、こうした会を「自分が出会える範囲の人と、なるべく細々と続けていきたい」と話している。

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