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2008/12/09
自殺実態が解明されれば、自ずと対策は見えてくる


清水康之さん

実態が分かると、自殺への要因も取り除ける

自殺対策として、今、具体化しているひとつは企業の「配置転換」です。労働者の自殺の場合は、配置転換がきっかけになって過労に陥り、うつ病になって自殺という経路のパターンが見えてきたんです。なぜ配置転換の後に過労になるのかというと、引き継ぎが充分になされていないケースが少なくない。営業から総務、技術から営業などと、全く違う部署への配置転換が頻繁にあるにもかかわらず、前任者から引き継ぎが充分になされず、結果、前任者に比べて仕事時間が数倍かかったりするわけです。
そこで、なぜ引き継ぎが行われないのかよく調べてみると、企業にとって引き継ぎ期間を充分にもたせるようなインセンティブがないことが分かってきました。新人研修や管理職研修と違って、引き継ぎには二重の人件費が掛る上、税制上の優遇もない。企業としては、非生産的な活動をする社員の人件費を二重に負担することになるというわけです。
それで、企業が引き継ぎ期間をしっかりとる仕組みを作ればいいという課題が分かって、今、政府には引き継ぎ期間中の人件費の非課税なり、補助を提言しているところです。充分な引き継ぎができれば仕事の移行もスムーズにでき、過労に陥る人が減っていきます。実態が分かることで、人を自殺に追いやる要因を取り除くことができるんです。
また、配置転換後に過労やうつになりやすいのであれば、配置転換1~2週間後に過労やメンタルヘルスのチェックなど行えば、その先の連鎖は防げます。そうした大元の要因を取り除くための仕組みづくりに活かされますし、要因が発生したとしても、連鎖が生まれない対策を立てることもできるわけです。
こうして「実態を見れば対策が分かること」を説得力をもって主張できた点が、「自殺実態白書」をまとめたいちばんの成果だろうと思います。実態を解明していけば自ずと対策は見えてくるので、実態を把握することの重要性の説得ができただけでも非常に大きな意味を持ってると思います。
本来は当たり前のプロセスなんですが、自殺の場合はタブー視されてきたことに加えて、問題があまりに多岐に渡っているので総合的に対策をプランニングする人がいませんでした。どんどん細分化してしまう行政の縦割りのデメリットの中で、自殺対策は置き去りにされてきたんです。それを改めて冷静に実態と向き合うことで、総合的な戦略立案の基礎ができたわけです。

誰にもできることがある。思いやりをもって耳を傾けること・・。 

危機経路の解明の中で衝撃的な数字が出てきたのが、自殺でなくなった方の72%が事前にどこかに相談に行っていたという事実です。しかも、そのうち62%は1カ月以内に行ってるんです。つまり、助かりたいと思って、生きる道を一生懸命模索しているのです。
つまり、自殺対策とは「生きる支援」であり、「命の支援」でもあるということです。すべての人に関係あることで、決して他人事じゃない。「生き心地のいい」「自分自身であることに満足しながら生きられる」社会をつくっていくことが自殺対策なのです。
ですから、家族にでも友人にでも、ちょっとした思いやりの気持ちをもってほしい。もし相談されたら、じっくり耳を傾けてあげてください。調査結果にもあるように、悩んでる人は1人平均4つの問題を抱えていた。生きる道を閉ざされたと思ってる段階では、それがゴチャゴチャに絡み合って、いっぱいいっぱいになってしまってる方が多いのです。だから、話を聴いて、どういう問題を抱えているのかを整理してあげる。本人はアップアップの状態でも、聴く側はそれなりに整理できると思うんです。絡み合った糸をひも解いてあげてほしい。それだけで大分整理されますし、できるならそれぞれの問題に対してこういう解決策があるよと調べてあげ、提示してあげる。自殺に追い込まれた多くの人は本当は生きたいと思ってるんですから、それを聞いて少しでも前向きになれれば生きていこうと思える。一般の人でも、そういう支援ができるんです。あるいは、そういった解決のプロセスをたどっていくために寄り添ってあげたり、ネットで調べたり、専門家の所に一緒に行ってあげたりが大きな力になると思います。
また、行政でもいろんな動きがあります。たとえば東京都では実態調査をやることが決まり、我々がその事業を委託されることになりました。また、愛知県の豊田市では、労働者の自殺が多いことが分かったので、労働関係の専門家に市の自殺対策協議会のメンバーになってもらったと聞いています。新宿区や世田谷区などでは、区の相談窓口に立つ人たちの研修を行ったりしています。

白書では遺族の実情も明らかにされている。1人が自殺すると、平均4,5人の遺族が生まれ、年間自殺者が3万人を超えているこの10年間は、毎年13~15万人が遺族となっているという。さらに、遺族の4人に1人が「自分も死にたい」といった深刻な悩みを抱えているのだ。「一緒に住んでいて、なぜ気づかなかったのか」など周辺からの心ない言葉で傷つき、「他県から死に来られて迷惑」などといった警察の対応への不満もあげられている。遺族へのケアも不可欠である。

パンフレット 遺族も多くの方たちが複数の問題を抱えることになります。たとえば、働き頭を借金苦で亡くした遺族であれば、まず相続放棄という手続き、弁護士の支援が必要になってきます。また、心理的なサポートが必要となって、遺族の分かち合いの会に参加したいと思うようになるかもしれません。学校に通うお子さんを抱えていれば奨学金も必要になってきますし、ご本人がうつ病であれば心療内科にかかるなど複数の情報を必要とします。自殺に追いつめられた人と同じですが、その複数の情報をこれまでは各人が自分たち自身で探さなければならなかったんです。
そういう時に活用していただくように、我々が東京都と連携して制作したのが遺族向けのリーフレットです。遺族がどういう感情になりやすいのか、遺族の集いの情報や心の悩みを抱えたときの相談や借金や相続の相談、法的手続き、労災の補償など、各相談場所を具体的に紹介しているので、これ一つあれば心強いと思います。
追いつめられた人がどういう情報を必要とするかは想定できますので、その情報をパッケージ化して確実に渡せれば、当事者の役に立ててもらえます。こうしたリーフレット作りは今後、各地域に広がっていくと思います。これも我々の実態調査の中で、遺族の方々にどういう情報が必要かを聞いてまとめました。
これまで自殺は個人の問題として、家族内でも隠蔽されることが多かったわけですが、少しずつ状況が変わってきているのは間違いありません。社会全体で自殺をなんとかしよう、遺族支援をやっていこうという空気になれば、遺族の方も支援を受けていいんだと感じられるようになり、各相談場所に連絡するハードルも下がるのじゃないでしょうか。こういう実務と啓発を両輪でやっていく必要があると思います。
我々の今後の課題としては、「実態の把握」、「その分析」、「分析に基づいた対策の立案および実施」という今の流れを、ちゃんと確かなものにしていくこと。それに尽きると思っています。

2008年10月 ライフリンク事務局にてインタビュー
text.上村悦子

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