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インターネットで中傷され続けた10年 スマイリーキクチさん

2011/11/25


インターネットで中傷され続けた10年 スマイリーキクチさん

 インターネット上で、まったく関係のない殺人事件の犯人として名指され、中傷され、脅迫され続ける。お笑い芸人として活躍するスマイリーキクチさんに突然振りかかってきた”災難”は、振り払っても振り払ってもまとわりついてきた。1999年から10年間、見えない相手と闘い続けてきたスマイリーキクチさんがその経験を語る。

いつの間にか、殺人事件の犯人にされていた

 インターネットの巨大掲示板「2ちゃんねる」で、自分がある殺人事件の犯人だと話題になっているとマネージャーから聞かされたのが始まりです。ぼくが事件のあった地域出身で、犯人と同世代だったことが「根拠」とされたみたいです。
 当時のぼくはパソコンについてまったくと言っていいほど知識がありませんでした。インターネットも今ほど普及していなくて、コンピューター好きな人たちのものというイメージが強かった時代でした。だから書き込みを見ても、まともにとりあう気にもなれなかった。その時はまさか10年も誹謗中傷が続くとは思ってもみなかったですね。
 念のために、事務所のホームページの掲示板で噂を否定しました。すると「犯人じゃないなら証拠を見せろ」「火のないところに煙は立たない」といった書き込みがバーッとくる。火に油を注ぐような形になり、掲示板を閉鎖するしかありませんでした。
 それでもつまらない噂などそのうち消えるだろうと思っていました。ところが今度は仕事先に苦情のメールや電話が入るようになったんです。ぼく自身は誹謗中傷が書かれた掲示板を見ないようにしていたのですが、その間にも噂が広がっていたようです。ライブで舞台に立つと、お客さんのざわつく声が聞こえるようになってきました。
 掲示板に削除を依頼すると、「事実無根を証明してください」の一点張りでした。

 たまりかねたキクチさんは事務所の地元にある警察署に相談に行く。何千という書き込みのなかから5件の発信元が特定できた。しかし当時は書き込んだ人物までを特定することはきわめて難しかった。それ以上の捜査はあきらめざるを得ず、キクチさんはネットへのアクセスを避けることで誹謗中傷から遠ざかろうとし た。

ネットに生き続ける「もうひとりの自分」

 仕事先に苦情を入れられる程度なら、実力で見返してやろうと思いました。そう考える以外に解決法もなかったんですけど。
 その後、数年間は落ち着いていましたが、2006年になって突然また苦情や抗議が増え始めました。「なんで今さら」と思いました。恋人との結婚を考えていたんですが、彼女まで巻き添えにしてしまうかもしれないと考えると踏み切れませんでした。
 さらに問題が大きくなったきっかけはブログの開設でした。ネットでさんざんイヤな思いをしてきたんですが、ふとブログを使って自分の言葉で発信してみようと考えたんです。「もうひとりのスマイリーキクチ」がネットに生きていたので、自分の言葉で「本当のスマイリーキクチ」を発信すれば、ふつうの人ならわかってくれるんじゃないかと思ったんですね。

 2008年、現状を打破したいという思いをこめ、「どうもありがとう」と名付けたブログを開設する。しかしすぐに中傷の書き込みがされ、その数は増すばかりだった。キクチさんは携帯電話からブログにアクセスし、殺人事件に関するコメントをひたすら削除した。ブログを閉鎖したりコメント欄を閉じたりすれば、犯人であることを認めたと受け取られる。それだけはがまんできなかった。同時に、「相手は遊びなんだから本気にならず、黙って削除すればいい」という思いもあった。ところがある本の存在を知り、不快感は恐怖に変わる。「元警視庁刑事」という肩書きを名乗る著者は、キクチさんが共犯者と疑われた事件に関して、犯人のひとりが刑務所を出所後、お笑いコンビを組んで芸能界デビューをしたとほのめかしていた。

スマイリーキクチさん

 ほのめかしてあるだけで、コンビの名前も取材をした経緯や情報源も一切書かれていませんでした。読んだ人は、それが誰なのか気になるでしょう。ネットで事件のことや「お笑いコンビ」などとキーワードを入れて検索すれば、すぐぼくの名前が出てきます。そこで「本とネットの書き込みが一致する。これは事実なんだ」と思い込む人が出てくる。そう思い至った時、初めて「書き込んだ人は本気でぼくが犯人だと思い込んでいる」と知ったんです。ぞっとしました。
 書き込みをする人たちは、ぼくを犯人として憎んでいる反面、女性に対する性暴力に興味をもっている部分もありました。ということは、ぼくの彼女や周りにいる女性に被害が及ぶかもしれない。「同じ目に遭わせてやる」という書き込みが10年も続いていましたから。もうデマではすまないと本気で思いました。

 図書館に出向き、法律や犯罪被害について調べた。犯罪被害者の手記やさまざまな事件のルポも片っ端から読み、自分が何をすべきなのかを必死で考えた。「刑事訴訟法」の本を読むと、自分が受けている被害は名誉毀損や脅迫にあたるとしか思えない。すがる思いで警視庁ハイテク相談センターに電話をし、自宅近くの警察署に出向いて訴え、ついには警視庁まで直談判に訪れたが、どこも答えは同じだった。「あなたが殺人犯なんて誰も信じませんよ」「削除依頼をして様子をみましょう」「あなたがブログを止めれば嫌がらせは止みますよ」。どれもキクチさんにとってはまったく説得力のないものだったが、なかでも「殺されたら捜査してあげるよ」と鼻で笑われた時には言葉を返す気力も残っていなかった。