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インターネットで中傷され続けた10年 スマイリーキクチさん

2011/11/25


「表現の自由」は自分の言葉に責任をもってこそ

 それまではいろんな事件の報道をテレビを見ながら「ひどいな」と思っていましたが、しょせん他人事でした。でも本当にこういうことがあるんだと。報道されていた事件の経過にひとつひとつ自分がはまっていくような感覚でした。

 そんな時、彼女がネットでひとつの情報を見つけました。インターネットの誹謗中傷で困った時、刑事事件として捜査してほしいなら刑事課に行き、刑事告訴したいとはっきり意思表示したほうがいいと書いてありました。真偽のほどはわかりませんが、そういえばそれまでは生活安全課へ相談に行っていました。一か八かで管轄の警察署の刑事課を訪ねることにしました。

 そこで出会ったひとりの警部補との出会いで流れが一変する。キクチさんが準備していった誹謗中傷の書き込みに目を通し、捜査を約束してくれたのだった。中傷のある書き込みやサイトに削除を依頼し、さらにブログで事件との関係を否定したうえで「今後、誹謗中傷の書き込みをした場合は刑事告訴します」と警告した。それでもあらたに中傷のコメントをしてきた相手に対して捜査が始まった。

 最初に身元が判明したのは30代後半の男性でした。警察が電話をすると最初はシラを切ったものの、契約しているプロバイダ名やブログに投稿した時刻、コメント内容などを出されて最後には認め、「二度としません」と反省した様子だったそうです。それを聞いてひとまず安心したのですが、なんとその3時間後にはまた中傷を書き込んできたんです。警察が出てくれば収まるだろうと考えていた自分の認識が甘かったのを思い知らされました。

 人と接している時は話が通じても、パソコンを立ち上げた瞬間、人格ががらっと変わるのか。いろんな事件を経験してきた刑事さんが「おとなしい人でしたよ」と評した人が、悪意をむき出しにしたコメントを書き込むんですよ。「どれがこの人の本当の姿なんだろう」と考え込みました。

スマイリーキクチさん

 最終的には19人が摘発されました。17歳から40代後半まで年代は幅広く、大手企業に勤めている人もいました。難関で知られる大学の職員は、職場の仲間同士で競い合って書き込んでいたそうです。会社のパソコンや携帯を使って、勤務時間中に書き込んでいた人が何人もいたのも驚きでした。
 刑事さんを通じてその人たちの供述内容を知ると、驚きは深まるばかりでした。ぼくが殺人事件とは本当に無関係だと知ると、「ネットに洗脳された」と泣き崩れた男性。「離婚してつらかった。キクチさんはただ中傷されただけじゃないですか。私のほうがつらいんです」と主張する女性。「ほかの人は何度もやってるのに、一度しかやってない自分がなんでつかまるんですか」と刑事さんに食ってかかった男性。「こんなに書き込みがあるんだから、この人は絶対悪い人です」と言い張る男性に、刑事さんが「証拠は?」と尋ねると「書き込みが証拠です。事件をネタにしたのを見たという人がこれだけいるんですよ」と自信満々で答えたそうです。

 住んでいる場所や年齢、環境はバラバラでしたが、共通していたのは無責任だったことです。まず「やってない」と否定し、証拠を突きつけられると友だちや同僚のせいにし、最終的には「ネットの情報にだまされた自分も被害者だ」「自分のほうがつらい」と言いだす。涙を流しながら「キクチさんに謝りたい」と言った人が何人かいたそうですが、実際に謝ってきた人はひとりもいません。
 「表現と言論の自由だ」とも言われました。刑事さんがある人に、「じゃあキクチさんが君の名前をブログに書き込むのも表現の自由なの?」と尋ねると、「それはイヤです。キクチさんは芸能人だからいいけど、自分は一般人で将来がありますから」と答えたそうです。
 ぼくも芸人としていろいろなネタをやりますけど、自分の言葉には責任をもたなければいけないと常に自覚しています。表現の自由を言うなら、責任ももってほしい。そうでなければインターネットは書きっぱなしの無法地帯になってしまいます。

 その後、摘発された19人全員に名誉毀損や脅迫の行為があったことは認められたものの、すべて不起訴処分となった。キクチさんに対する誹謗中傷や脅迫の書き込みをした人たちはほかにもいるため、一部の人だけを起訴すれば「不公平」だと抗議される恐れがある、という担当検事の判断だった。納得はできなかったが、個人でできる限りのことはやったという思いから受け入れることに。気持ちを切り替え、今はすっきりとした気持ちだと話す。

 ネットで傷つけられたけど、救われた部分もあります。ブログをふつうに読んでくれる人たちもいました。前例がなかったからひとつひとつが手探りで回り道もいっぱいしたけど、今まで他人事だったことを自分のこととして考えたり痛みを感じたりできるようになりました。今、つらい思いをしている人は、決してあきらめないでほしい。あきらめない限り、必ず助けてくれる人と出会えるはずです。

(取材・構成/社納葉子)

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『突然、僕は殺人犯にされた ネット中傷被害を受けた10年間』
スマイリーさんのブログ
スマイリーキクチオフィシャルブログ『どうもありがとう』