ふらっとNOW

多民族共生

一覧ページへ

2002/06/27
鄭禧淳さん(京都コリアンセンター理事長) 在日コリアンに穏やかな晩年を


「仲間に会えてよかった! 友だちがいてよかった!」

週2回のデイサービスの日、送迎バスで市内や遠くは鳴滝・西陣近辺からも集まってくる仲間は、平均年齢81歳。故郷で生まれ、植民地時代に親に連れられて来た人、あるいは、徴兵・徴用や強制労働で連れて来られた夫を尋ね、幼い子を連れて来た人がほとんどで、それぞれが労働に明け暮れ、心に傷を負った人ばかりである。そうした辛い過去を少しでも忘れさせてくれるのが、エルファでの憩いのひとときだ。

チャンゴと元気な歌声に誘われてみんなの顔から笑みがこぼれる最も楽しいひとときだ

午後のリクレーションでは、草人形を創ったり、切り絵や、色鉛筆で絵を描いたり。初めて使う色鉛筆のきれいな色に驚く人もいる。独り住まいのうえ、これまで苦労続きの人生で、ここでお風呂に入れてもらい、ベッドに横になることが「生まれて初めて幸せ」という人もいる。また、誕生会にはエステ・ボランティアが来て、きれいに化粧をし、チマチョゴリを着せてもらい記念写真を撮るのが恒例だ。子どもに先立たれ、誕生日など祝うこともなく、早く死ねばいいとばかり思ってきたこれまでの道を振り返り、写真を撮る時に泣き出す人もいるそうだ。
「日本のデイでは、いい朝鮮人でありたいがために訛りのある日本語を使いたくない、理解できない日本語があることを知られたくないと、本当の自分を隠しながら過ごす人が多かった。それは植民地支配が生んだ防御策ですが、ここではみんな自然体でいられるんです」

取材当日も昼食後のお昼寝の後、お楽しみの歌と朝鮮舞踊が始まった。朝鮮では昔から祭りや花見など、何かあるごとに歌い踊る習慣がある。その日、チャンゴに合わせ、マイクを片手に元気な歌声を響かせていたのは、ほんの少し前まで入院していた目の不自由なハルモニ。痴呆症状もあって家族は心配していたのだが、エルファに通うようになって周りが驚くほど元気になった。普段は膝が痛くて自由に動けないというのに、音楽が始まると体が自然に動きだし、人が変わったように明るく踊り出す人もいた。

人が共に生き支え合う仕事だから、みんなが応援してくれる

「エルファに来れば元気が出ます」と崔順岳さん

利用者の一人、89歳になる崔順岳(チェスナ)さんが重い過去を語ってくれた。朝鮮語のできるヘルパーさんを通して、ゆっくりとした日本語で当時を思い出す。
「私は28歳で9歳になる息子を連れ、主人を頼って日本に来ました。十条にある軍事工場に勤めましたが、日本語がまったく分からず、人の話すのを聞いて覚えるしかなかった。字が読めない、言葉が分からないということは大変なこと。何か問題が起きると『朝鮮人やからこうなるんや』と言われました。もう苦労ばかりで、言葉ではどう言っていいかわかりません」
朝鮮総連関係の仕事を約20年、女性同盟の委員長を17年間続け、周りから信頼されてきた人でもある。独り暮らしで、今もデイサービスのない日は総連支部に顔を出す。69歳で7歳年上の夫を亡くしたが、さらに辛かったのが一人息子に病気で先立たれたことだ。「今も胸から離れないのが、亡くした息子のことと来日する時、朝鮮に残してきた舅・姑のこと。日本に来てもう62年になるのに、(申請をしても)1回も行けていない。両親が死んだ時に口に水1杯さえあげられなかったと、いつもいつも考えています」と、涙ぐむ。「でも、5人の孫がとてもよくしてくれますし、ひ孫も13人。孫に会うことと、ここに来ることがとても楽しみ。鄭さんには、よく(エルファを)創ってくれたと感謝しています」

朝鮮の家庭は縦社会で目上の人は敬う存在であり、高齢者に気安く話しかけたりはできない。だが、ここでは友だちのように接し、自分たちが知らなかった高齢者の姿を見ることができるというヘルパーさんたち。高齢者への意識が変わり、とてもいい勉強になるそうだ。そういう想いが利用者に伝わり、利用者もヘルパーを慕う関係ができている。
鄭さんは言う。「苦労して生きて来た力が人を動かすエネルギーとなって、その苦しい中で生きてゆく知恵やパワーを私も含めスタッフがもらっています」
昨年秋には、創意工夫と公共性に富んだ福祉活動に贈られる、毎日新聞社主催の「毎日介護賞」を受賞した。「晩年こそ自分らしく生きてほしいと母国語を使い、故郷のサービスを提供する」といった鄭さんらの先駆的で積極的な福祉活動が、今、さまざまな在日外国人との共生が進む日本社会に一石を投じたと評価されての受賞である。
「私のような小さな力でも訴えっていけば、同じ考えを持つ人が集まってきてくれる。仕事を理解してくれる家族はもちろん、困った時には「鄭さん、頑張ろうよ」と手を差し伸べてくれる友がいる。『エルファ友の会』を初め、私たちの活動を支えてくれる仲間もできました。お互いの人権を尊重しながら、人と人が共に生き、支え合う仕事だから、皆さんが応援してくれるのではないでしょうか。NPOだからこそ、輪が広がり、助ける力を持っている人と助けを求めている人を結び付けることができるんです」
「京都コリアン生活センター・エルファ」が誕生して2年半。これまで言葉や文化の違いから、地域の福祉施設にとけ込めなかった在日コリアン一世にとって、「エルファ・うれしいね」という言葉が自然に飛び出してしまうような「心の故郷」となりつつあるようだ。

鄭禧淳(チョンヒスン)
1943年愛知県瀬戸市生まれ。朝鮮大学経済学部卒業まで16年間民族教育を受ける。卒業後、兵庫、京都などで在日本朝鮮民主女性同盟に属し、識字活動や生活相談等に従事。98年京都同胞生活相談所を設立。在日コリアンの生活や権利のための活動を続け、在日高齢者のための人材育成をはじめ、訪問介護、通所介護等に「故郷の介護」を取り入れる。2001年2月京都コリアン生活センター・エルファをNPO法人に。12月副理事長から理事長となる。

「京都コリアン生活センター・エルファ」
〒601-8007 京都市南区東九条北河原町5 tel/075-693-2550
http://www.h2.dion.ne.jp/~lfa

関連キーワード:

一覧ページへ