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多民族共生

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2004/09/17
関西華文時報 中国人の生の声を伝え、本音の日中友好を目指したい


夫婦で経験したズレを紙面に活かして

紆余曲折の後、東京の大手中国語新聞「中文導報」の関西担当記者として働いていた叢さん。しかし、同新聞は東京の話題や中国本土のニュースが中心だ。日本国内には100紙以上の中国語新聞があるが、すべて東京発。「もっと関西で暮らす中国人の顔が見えるような記事を書きたい。地元に密着した関西発の新聞を作りたい」と考えるようになり、黒瀬さんを説得。02年5月に黒瀬さんが翻訳会社「(有)アカシア・コミュニケーションズ」を設立し、同時に「関西華文時報」の発行を始めた。
「正直いって家庭生活だけでストレスがたまっているのに、一緒に働くのは疑問でした。でも、彼から、日頃ためてるストレスや中国人に言いたいことを盛り込んで、日本語版の紙面づくりに活かしたらいい。また、どういう中国人が関西に住んでいるのかを紹介していくことで親近感もわくのじゃないかと言われて納得できた。夫婦間で経験したズレは、職場や地域でも多いのではないかと考え、本音を交えた記事が読者にも喜ばれだろう」とスタートした。

叢さんの写真

印刷からレイアウトまで新聞づくりの知識はまったくなく、「無謀ともいえるスタートだった」と振り返る2人。外注する印刷業者との行き違いなど、トラブルの末、完成した新聞はタブロイド版で40ページ。在関西中国人の現状を知ってほしいと、記事の約2割を日本語で書いた。創刊時3000部だった部数も、今では3万部に。在関西中国人へのインタビューや投稿など、ニュース性よりも、ひとつのトピックスに対しての評論やエッセイをメインにしたことが、幅広い読者へとつながった。人権保護団体や行政書士、弁護士に答えてもらう悩み相談も好評だ。現在スタッフは夫妻の他、営業、制作に各1人と、後は外部スタッフ。翻訳・通訳業務も続けている。

 

生の声を伝えることで問題解決へ

「いろんな問題に接するうちに、自分たちがこれまで感じていたのは個人のストレスじゃなくて、普遍的な問題だと気づきました」と話す黒瀬さん。
たとえば、隣の住人から10年近く家に石を投げられ、嫌がらせを受けているという相談があった。よく聞いてみると、原因は油ものが多い食習慣だった。隣の日本人の立場になれば、毎日油っぽい匂いや鼻に付く香辛料の香りを迷惑に思う気持ちが理解できる。でも、日常の些細なことながら言葉が通じないことでうまく対応できず、お互いの大きなストレスになっていたのだ。紙面では「こうした小さな問題でも、日本社会に対する不満や疑問を紙面に入れ、なぜそうなるのか周りにいる日本人の声も盛り込むことを心がけている」という。

日本の技術・技能を習得することを目的とした外国人研修制度でもっとも多いのが中国人研修生だが、その研修生自身からの投稿を取り上げることも多い。
最近のスクープは、徳島のランの花作り農家で研修生の寮に隠しカメラが設置されていた件。逃亡防止のためという代表者の弁明だったが、場所が入浴用の脱衣室兼更衣室だったことから「のぞき」として問題となった。研修生の一人が国の父親に相談したことで、心配した父親が地元の新聞記者に話し、それがインターネットの片隅にのっていたのを叢さんが見つけて記事にしたものだ。
「日本の法律をまったく知らない彼女たちはどうしていいか分からない。中国側の研修生送り出し機関は騒ぐなの一言。『日本は混浴をする国だから、のぞきは罪じゃない』とするお粗末な発言もありました」
同紙では、「のぞきは一人の行為であり、間違った発言で日本全体を侮辱することは失礼だ。しかも、彼女たちを守るべき中国の送り出し機関がそういうことを言うべきではない」とした記事を発信し、話題となった。実際に研修生と日本の受け入れ側とのトラブルは多いそう。この件は、徳島県警が農家の主人をのぞきで書類送検とし、損害賠償として和解金が支払われ、研修生は帰国となった。ただ、研修生は日本に入国するために彼女たちにとっては大金である保証金を支払っており、中には泣き寝入りしてでも日本で働くほうがいいと考える人もいる。この件では被害者9人のうち5人が和解金をもらって帰国し、4人はまだ働いているそうである。

黒瀬さんの写真

また、和歌山県の白浜でも、日本企業が中国側の送り出し機関に支払うべき研修生の管理費(相場は2万円)を研修生の給料から天引きしていて、違法と知った研修生が雇い主を訴え、即刻強制退去となった事件があった。その研修生は関西空港まで連れていかれ、出国ゲートを出てから女子トイレに駆け込んでスチュワーデスに助けを求め、研修生の問題をよく取り上げている叢さんの元に助けを求めて電話をしてきたそうだ。とりあえず事務所に来てもらい、外国人労働問題の専門家に相談し、受け入れ企業側とも話し合い、和解となって帰国。感謝の長い手紙が届いたそうだ。その件も「研修生が声をあげたことを讃えて」記事にした。

「悲しいかな、まだうちは人手不足で日本の雇い主側まで取材する力がありません」と現状を語る黒瀬さん。同紙では報道というより、会社名や名前は匿名にして研修生の実態をまとめるなど、本人が声を上げるまでの手助けをしている段階だという。声を紹介した後の取材については中国や日本の大手新聞社にサポートしてもらっている。
「小さな新聞でも声を上げれば、だれかが見てくれている。こうした声が高まって、制度の改善や改正につながっていけばと考えています」
ただ日本企業側も、研修制度という枠組みを押し付けられ、人権問題や労働問題も考慮しながら受け入れている難しさがあるため、「日本側の声も取り入れてバランスを取っていきたい」と付け加えた。

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