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2004/07/01
「性差」に目を向けた医療の取り組み


「なぜ女性ばかりが特別扱いなんだ」

当初、院内の反応は冷ややかだった。「なぜ女性ばかりが特別扱いなんだ」「婦人科があるじゃないか」「男の医者がダメだというなら医療は成り立たない」といった声が挙がった。「女医が必要だというなら、うちの皮膚科には常に女医がいるよ」とも言われたが、「だけど水虫の足を出している男性の横で、陰部が痒いから診てくださいなんて言えないでしょう。婦人科にしても、内診を受けている横を事務員や看護師が通っていくわけです。外科には私がいますが、診察室は簡単に仕切ってあるだけだから、乳がんや卵巣がんの話が隣りに筒抜けです。これでいいのか、と食い下がりました」。幸い、院長と診療部長の理解を得られた。なんとか個室を確保し、壁を塗り替え、ベッドを入れた。服装をきちんと整えてもらうための鏡も用意した。診察後、慌てて衣服を着るためにボタンをかけ違える女性患者の姿を見てきたからこそ、快適な環境にこだわった。いざスタートしてみると、たちまち予約が埋まった。そのなかには、異常を感じながらも受診を先延ばしにしていた乳がんや卵巣がん、内痔核の患者も少なくなかったのである。

横浜医療センターの例から、問題点を整理してみる。まず、患者側はもちろん、医療関係者の間でもほとんど認識されてこなかった「性差」を考慮した医療の重要さ。そして医療現場におけるジェンダー(文化的・社会的な性差)の視点の欠落と、それによって治療に多大な支障が出るということ。たとえば、乳がんで乳房を切除した女性に対し、女性にとって乳房が大きな意味をもつことを理解せず、傷跡や乳房再建にこだわることに否定的な態度をとる医師がいたとする。すると女性は治療に対して積極的になれないだけでなく、自分の体や病気を受け入れられず、生活そのものが消極的になってしまうのである。さらに、性差とジェンダーを考慮しない医療や男性医師への不信感から、受診を拒否したり再発を繰り返す女性患者が多いということ。

もっとも、病気だけでなく年齢、性別、生活環境や考え方なども考慮に入れた医療は、本来すべての人が受けられるべきである。「なぜ女性だけが特別扱いなのか」という声にも一理ある。男性も、女性医師や看護師の前で下腹部を出す検査や診察を受けるのは恥ずかしいだろう。しかしそれでも、多くの女性が自分の体を医療者とはいえ人目にさらすことを「恥ずかしい」と感じ、圧倒的多数を占める男性医師に乳房や女性器のトラブルを「相談しにくい」と思い、受診や積極的な治療に支障が出ていることもまた事実なのである。



体のトラブルの背景にひそむ「心の問題」

それでは、当の女性たちは医療の場に何を期待し、求めているのだろうか。関西の民間グループで、女性たちから体に関する相談を受けている熊倉直美さん(53歳)に話を聞いた。「相談の内容は千差万別ですが、“話をちゃんと聞いてほしい”という気持ちは共通していると思いますね」。医師から、病気や治療法などについて一通りの説明は受けた。しかし「こんな時はどうすればいいの?」「本当にその治療法しかないのだろうか」といった疑問を医師には言えず、不安に駆られる。あるいは病院へ足を向けることもできず、一人で悶々としている。そんな人が救いを求めるように電話をかけてくる。

「”医師の言葉は絶対”と思い込んでしまっている人が多いようです。それから、全般的に話し合うのが苦手な人が多いかなという印象があります」。とりとめのない話が続き、話の本筋になかなか入れない。いろいろな角度から話を聞き出し、ようやく何を悩んでいるのかがはっきりするという。「その人自身、自分が何を不安に思っているのかをわかっていないようです。ですからじっくり話を聞いて、気持ちを整理するお手伝いをしながら相談を受けます」と熊倉さん。「何が不安ですか?」「一番心配なことは?」「あなた自身はどうしたいですか?」と聞いていくと、体の相談から始まった話が家族とのトラブルなどによる心の問題に行き着くことも多々ある。「心の問題が解決されないために、病気や不快な症状を繰り返している人がいます。これはじっくり話を聞かないとわからないことですね」。土井医師とぴったり合致する話である。

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