再審法改正はまったなし 議員立法での早期改正を 弁護士 鴨志田祐美さん
2025/10/01

再審制度とは無実の人を救うためのもの
現在、日弁連の再審法改正推進室長として、再審法改正に向けて活動しています。再審法改正の議員立法を後押しするために2023年からロビー活動に取り組み、超党派の国会議員連盟もでき、いよいよ議員立法で再審法改正がなされるかというところまできました。
しかしここに来て法務大臣が再審法の見直しを法制審議会に諮問したことで、議員立法と、法制審を経て内閣提出という2つのルートでせめぎ合うという特異な状況になっています。今回はそうした背景も含め、再審法改正の現状と課題についてお話したいと思います。
再審とは確定した裁判に誤りが見つかった場合、裁判のやり直しをする手続きのことです。日本は3審制です。民事であれ刑事であれ、同じ事件について3回判断をしてもらうチャンスがあります。それでもなお間違いがあることはありえます。3審制で確定した事件であっても後で間違いが見つかればやり直す必要がある。その手続が再審です。
再審は2段階の手続きを取ることになっています。まずは裁判をやり直すかどうかを決める段階。これを再審請求といいます。やり直しをすることが決まれば再審公判、すなわちやり直しの裁判に進みます。この再審公判で無罪判決が確定してはじめて無実の人が無罪となります。
このような2段のハードルがあるわけですが、日本では1段めの再審請求、すなわち裁判をやり直すかどうかの段階で何十年もかかっている事件が少なくありません。
刑事訴訟法の435条には、再審の請求は、有罪の確定判決の「言渡しを受けた者の利益のために、これをすることができる」と書かれています。再審とは、無実の人を救うためだけに存在している制度なのです。まずはこの根本的な考え方を押さえてください。
これに対して法務省や検察は「3審制で確定した裁判をひっくり返すことになれば裁判に対する国民の信頼を害する」と主張しています。しかし無実のえん罪被害者を迅速に救済することを何より優先すべきです。
現在の刑事訴訟法は1949年に改正されました。ところが今回のテーマである再審については戦前の旧刑訴法の規定がほぼそのまま踏襲され、審理手続きは裁判所の広範な裁量(さじ加減)に委ねられたまま現在に至ります。「あたった裁判官次第」という状況が続いているのが再審の現状です。
再審理由と白鳥決定
再審のハードルを高くしているもののひとつに、どんなときに再審が認められるかという「再審理由」の条文の問題があります。刑事訴訟法435条には再審理由として7通りの条文があります。ただし99%以上の実際の再審事件は6項を使って再審請求されています。なのでこの435条6項を解説します。
ここには無罪を言い渡すべき「明らかな証拠をあらたに発見したとき」と書かれています。これは「その証拠だけで無罪を証明できるくらいの強力な証拠がなければ再審を認めない」と解釈されていました。しかし無罪を証明できる証拠を見つけるのは簡単ではありません。こうした場合にしか再審が認められないとしたら、ほとんどのえん罪被害者は救われません。現に戦後しばらくはこうした状態が続きました。
流れを大きく変えたのが1975年5月20日に最高裁が出した「白鳥決定」です。「新証拠それ自体だけで明白かどうかを判断するのではなく、もともとの有罪判決を支えている証拠、すなわち旧証拠の中に新たな証拠を投げ込み、新旧全証拠を総合評価して有罪判決が揺らぐ状態になれば、翻ってこの新証拠は明白だといえる」と判断した決定です。これを「明白性の判断基準」といいます。
しかもその判断にも「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が適応されることを宣言しました。白鳥決定は、新証拠だけで無罪を証明するレベルは必要ないということを明言した画期的な決定なのです。
この白鳥決定が出たことで日本の再審のハードルは一時ぐっと下がり、再審が認められる事件が増えました。1980年代に免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件という4つの死刑事件で相次いで再審無罪が確定しました。しかし残念なことに法や制度を変えるところまでは行きませんでした。白鳥決定が出て再審が認められやすくなり、「無罪になってよかったね」で終わってしまったわけです。
なぜ重大なえん罪が生まれたのか、なぜ再審が認められるまでに長い時間がかかったのかについての検証や、法や制度についての見直しがされなかったことが、今の問題につながっています。
えん罪事件の長期化を招いてきた法の不備
1989年に再審無罪となった島田事件の再審が静岡地裁に係属していた同じ頃、袴田事件の第1次再審請求も静岡地裁に係属していました。この島田事件のころに再審法が改正されていれば、袴田さんは58年も苦しむことはなかったと思います。このような間違いを二度と繰り返してはならないというのが、私たち日弁連の再審法改正に向けた強い思いです。
通常の裁判では、裁判官がすべての証拠を見て有罪無罪の判断をしていると思っている人もいるでしょう。それは幻想です。検察官は集めた証拠の中から自分の有罪だという主張を裏付けるための証拠を選りすぐって裁判所に提出します。つまり捜査機関の手の内には無罪方向の証拠がそのまま残っていたりします。しかし再審段階でも捜査機関が隠している証拠を開示させるルールがありません。
袴田事件では事件から44年後、第一次再審の申立てから約30年後にはじめて捜査機関に眠っていた証拠が開示されました。無罪方向の証拠を出させるルールがないために証拠開示に30年もかかったというのが、事件が長期化したひとつの理由です。
その後、何度か裁判所が検察官に開示勧告を行い、最終的に600点もの証拠が開示されました。その多くが袴田さんの無罪方向に働く証拠だったため、2014年、静岡地裁は画期的な再審開始決定を出し、袴田さんを釈放しました。しかし袴田さんが無罪になるまでに、さらに10年かかりました。やり直しの裁判が決まってから無罪になるまでに、なぜそれだけの時間がかかったのかというのが次の問題です。
静岡地裁の再審開始決定に対し検察官が不服申立てをしました。これにより一度は再審開始決定が東京高裁で取り消されましたが、最高裁がその東京高裁の決定を取り消し、東京高裁に差し戻しました。差戻し後の東京高裁が2023年3月に再審開始を決定し、ようやく確定しました。この確定までに9年を要したのです。
袴田事件の長期化の要因は1981年の第1次再審申し立てから2024年の再審無罪判決まで43年のうち、証拠開示の遅れで30年、検察官の不服申立てで9年、計39年が法の不備に起因しています。再審無罪判決が出たあとにも検察側では控訴するかどうかをめぐってかなり紛糾したようです。結局控訴は断念し、無罪判決が確定しました。その際、検事総長の談話が発表されましたが、まったく反省の弁はありませんでした。証拠のねつ造はなかったとも言っています。
再審法改正のうねりと譲れないポイント
2024年3月11日、えん罪被害者救済とえん罪被害をなくすために「再審法改正を早期に実現する超党派の議員連盟」が立ち上がりました。すべて政党から合計134人が加盟しました。党首クラスも入っています。現在(2025通常国会閉会時)は388人で、全議員のざっと55%、過半数に達しています。地方から下支えしているのが地方公共団体の動きです。現時点で24道府県議会を含む651の地方議会が国に対して再審法改正を求める意見書を採択しています。
これが今大きな動きになっています。また知事や市町村長、東京23区の区長を含め213人の首長も個別に再審法改正への賛同を表明しています。さらには様々な人権団体、労働団体、ジャーナリストの団体などが賛同を表明していて再審法改正はいまや全国的なうねりとなっています。
この超党派議連がどのような改正案を準備しているか、4項目についてご紹介します。
【元の確定判決に関与した裁判官が再審の審理に関与することを禁止】 再審は裁判所が判断するわけですが、有罪とされた確定判決を出した裁判に関わっていた裁判官が、再審請求の審理にも関わっていたということが実は多々あります。自分の出した有罪判決を審理するわけで、常識的に考えれば再審開始の判断を下すわけがありません。
有名なところでは飯塚事件があります。死刑確定判決に関わっていた裁判官が第一次再審の即時抗告審、高裁で審理に加わっていたということが後から発覚しました。つまり現在、日本の法律ではこうしたことを禁止していないわけです。通常の裁判では、一審で関与した裁判官が抗訴審や上告審に関与することは法律で明確に禁止されています。再審にそのルールがないというのはさすがにまずいということでこの規定が入っています。
【期日の設定・訴訟指揮・記録作成】 現在の再審法には「期日(法廷)をひらく」という規定がありません。期日をひらく、裁判所がきちんと訴訟指揮を取る、期日をひらいたら記録を残す。こうした「あたりまえ」の規定も入れています。
【証拠開示の原則義務化】 なによりも重要なのが証拠開示です。今回の議連案には不十分な点もありますが、それでも議員立法でこの議連案を法律として成立させるべきだと主張しているのは、何と言っても「再審請求人が証拠開示を求めたら、原則として裁判所は証拠開示を命じなければならない」という規定が入ったからです。
これは画期的なことです。特に、「検察官が持っている証拠だけでなく、警察の手元にあり検察が取り寄せることができるものも出すように、さらには警察が検察に送った証拠リストも出しなさい」と書いてあります。逆に言えばいままで証拠リストをはじめ検察の手元にある証拠を開示させる法的根拠がなかったということです。
さらに、再審請求人の請求がなくとも裁判所が自分の判断で他の証拠を見たいと思ったときには裁判所は職権で証拠開示を命じることができるという規定も入っています。再審請求人が求める証拠開示命令と、裁判所が自ら職権で行う証拠開示命令という二段構えになっています。また、「証拠開示の必要の有無」などといったことで争いが生じたときに裁判所だけがその証拠を見てジャッジできる「インカメラ手続き」も盛り込まれています。
【再審開始決定に対する検察官抗告の全面的禁止】 今回の議連案にはこうした画期的な規定がいくつも入っていますが、中でも私が高く評価するのは「再審開始決定に対する検察官抗告は例外なく禁止する」という規定です。これはこの議連案に法務検察が反対する理由でもあります。
議員立法ルートの今後の見通しは
これまで法務省は再審法改正にとても消極的でした。例えばこんなことを言っています。「再審請求は千差万別で統一的なルールを設けることは不可能である」「通常の裁判にすでに証拠開示のルールがある」「再審開始決定に検察官が抗告するのは検察官が公益の代表者である以上当然だ」「検察官抗告を禁止すると違法不当な再審開始決定を是正する余地がなくなる」など様々なことを主張し再審法改正には強硬に反対する立場を取ってきました。
再審に限らず、どんな事件も千差万別です。だからといってえん罪で死刑が確定されるような事件を放置しておくわけにはいきません。また裁判員裁判になるような事件においては確かに現在は証拠開示のルールができています。しかし、そのルールが適用されるのは、すべての刑事事件の約2.5%に過ぎません。今もってすべての事件に証拠開示が適用されているわけではないのです。
私が最も腹立たしいのは「再審開始決定に検察官が抗告できるのは公益の代表者だからである」という法務省の主張です。再審は無実の人を救済するための制度です。であるならば、ここでいう公益とは無実の人を適切に救うこと以外にはありえないはずです。無実の人をいつまでも有罪だと主張し抗告することが公益に叶うとはとても思えません。
最後に「再審開始決定に抗告できないと間違った再審改正決定を是正できない」という主張は完全に嘘です。再審公判で検察官が有罪を主張することは可能です。まさに袴田事件がそうでした。袴田事件では再審を43年もやったのちにやり直しの裁判で再び検察官は有罪を主張し死刑を求刑しました。つまり、言いたいことがあれば再審公判でいくらでも言えるわけです。控訴・上告も可能です。ですから法務省の主張にはまったく論拠がないと私は思っています。
繰り返されるえん罪事件を迅速に救済するには、国会主導の再審法改正を
いよいよ議員立法で再審法改正という機運が高まってきた2024年2月、法務大臣が突然再審制度の見直しを法制審議会に諮問すると言い出しました。法制審議会とは政令に基づいて設置された法務大臣の諮問機関です。委員は法務大臣が任命します。実際には人事や予算、スケジュール管理、資料を作るのもすべて事務局として法務省の官僚が担当しています。再審法に関わる刑事法関係は刑事局が担当します。その幹部はみな検察官です。自分たちが関わっている刑事裁判をやり直すかどうかというルールを自分たちで決めるということに、さまざまな問題を感じます。
今回設置されたのは、「刑事法(再審関係)部会」です。この再審関係部会のメンバーは全部で25人、法務検察、裁判官、そして研究者が多いのですが、研究者は旧帝大の系列の先生方が名前を連ね、日弁連の委員は3人です。このうち再審法改正を推進しているのは日弁連の弁護士たちだけです。多勢に無勢の感は否めません。
最大の問題は、この法制審の部会にえん罪被害の当事者や一般有識者がいないということです。
そもそも刑事司法や刑事訴訟法の改正を法制審、閣法でやらなければならないという法律はありません。それどころか憲法上、国会は国権の最高機関であり国の唯一の立法機関であると明記しています。ですから法務省や法制審に国会議員が気兼ねする必要はまったくありません。
今こそ国会の矜持を見せてほしい。そして私たち市民は国会を後押しする声をあげていくべきだと思っています。(講演・2025年5月29日)