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高齢者

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2003/03/07
映画「折り梅」で考える高齢者問題


観客が自分の暮らしを重ねられる映画

小菅もと子著 「忘れても、しあわせ」

原作となった小菅もと子さんの介護手記『忘れても、しあわせ』。
小菅さんが住む、愛知県宝明市では、映画支援の一万人署名が行われた。

『折り梅』製作のきっかけとなったのは、1998年公開のデビュー作『ユキエ』の観客の皆さんとの出会いでした。『ユキエ』はアルツハイマーになった「戦争花嫁」と米国人の夫との夫婦愛を描いた作品ですが、これまでに開かれた自主上映会は全国で約700カ所。私は上映会での講演の後、いつも必ずロビーに出て皆さんとお話をし、開催してくださった方と宿泊をして交流会を持つんです。そこで出会ったのが、ユキエを自分や家族に重ねて見る女性たち。介護は、今、日本の家庭でもっとも多くの人がかかえている問題なんですね。
『ユキエ』では夫婦のきずながメインで、痴呆や介護問題はサブ的な扱い。でも、お客さんは介護問題のほうに興味が深く、身近な日本を舞台にした映画をつくってほしいという声が多かったんです。『折り梅』の原作者・小菅もと子さんも、その一人。ある上映会に車椅子のお姑さんといらして、「ユキエさんは私と同じです」と涙をボロボロとこぼされた。その時、手渡されたのが今回の介護体験記でした。ユキエで宿題として残されたサブ部分をもう一度真正面から考えてみたかったし、すぐに映画にできないかなと思ってしまいました。

そんな中でできたのが、上映会で交流した方たちの『折り梅』応援団。小菅さんの数人のお友だちは、映画づくりに力を貸したい、介護問題をみんなで福祉問題として考えるべきだと、市に映画化支援を求める1万人署名運動をしてくださった。その結果、7万人弱の人口の市で1万人を超える署名が集まり、市議会で1年間侃々諤々の議論ののち、制作費の3分の1を負担してくれることになったんです。
お客さんの後押しで映画ができるなんて、これまではなかったこと。『ユキエ』や『折り梅』を観て、「良かったよ」と友達に言うことは誰にでもできますが、たまたま映画を隣町で観て、自分の地域でも上映会を開いてみんなに観せてあげたい、共感を分かち合いたいと、映画会社に問い合わせ、会場を押さえ、チケットを売り歩く。そんなエネルギーの必要なことをたくさんの方がしてくださるんです。本当にすごいなと思う。そして、お客さんもかなり入って、彼女たちは自分たちが主催した上映会の成功を目の当たりにすると、達成感から泣いてしまわれたりする。その彼女たちの達成感の道のりと、私がダメかもしれないけど映画を作らずにはいられないと頑張る道のりが同じで、お互いのきずなができるんです。そうした友が全国にできました。

上映会で出会った感動の声に支えられて

松井久子さん 実は、『ユキエ』は私にとって初監督の仕事で、撮影は地獄のような日々でした。満身創痍というか、もう心身共に傷だらけで2度と監督はしないと決めていたんです。というのも、映画の世界は、よそものが簡単には入れない場所で、まだまだ男社会。3年間もかかった億という単位の資金集めも相当困難だったのですが、究極のリーダーシップを求められる監督という仕事は、もう苦労の連続でした。
ピラミッドの頂点に立って、役者さんに指示しながらまとめあげ、数十人のスタッフを束ねていくという仕事でしょう。それまでやってきたプロデューサーやフリーライターやマネージャーなど陰でサポートする仕事とはまったく逆で、切り替えられない自分にかなり苦労しました。監督の仕事は、キャリアがあり、自信があって、周りの人たちから認められてこそできるもので、「このおばさん大丈夫かな」と思われる中で続けることは、丸裸にされて七転八倒の日々という感じでした。そんな中で自分の作りたいものを作ることは、たとえ根が楽天的で恐いもの知らずとはいえ、相当の苦しみでしたね。でも、俳優さんを使う時にはマネージャーの仕事が役立ったし、ライターの時していたカメラマンさんとのコンテ作りも活かされた。これまでやってきた仕事がすべて映画作りに役立ったのは事実です。
それに、『ユキエ』の場合は実績社会の日本と違い、新しいものにチャレンジすることに応援してやろう姿勢が強い米国だったからできたとも思います。女性リーダーの指示で男性が働くことにも無理がなく、俳優さんと議論になっても、若いスタッフが「あなたの映画なんだからあなたの作りたいように進行すべきだ」と応援されて乗り切れたんです。
そうした苦労の反面、達成感はすごく大きくて。完成から1年後にやっと公開が決まり、劇場は予想以上の大入りで、その後の上映会でも日本中の人々との出会いがあり、感動の声をいただいて薄紙をはがすように製作時の傷が癒えていくというか、次第にあの達成感をまた味わいたくなった。この方たちが待っていてくださるなら、また挑戦したいと思うようになったんです。

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